ブログ読者の方から、演繹的推論は何によって正当化されるのかというご質問をいただいた(帰納法の正当化」参照)。これは論理一般、推論一般が、そもそも何なのかということにつながる容易ならざる難問である。十分にお答えすることは出来ないが、簡単なスケッチをしてみたい。 これらの能力は、その概念を含む内容の所有可能性条件、また、それを所有した場合の帰結への責任(commitment)の両方によって(まれにはその一方のみによって)規定する事ができる。前者は、検証主義的アプローチ、後者は、プラグマティックアプローチということができる。例えば、「愛」という概念。「誰それを愛している」という内容は、その人のことをいつも考え、その人と一緒にいたいと思うということがその所有条件であり、その条件が「愛してます」とその人に言うための発話可能条件であるといえよう。(心理学者や文学者であれば、もっと詳しい条件分析をするか