清朝が瓦解し、中華民国が成立したものの、軍閥混戦と、「土匪(武装した土着盗賊)」による襲撃が頻発した100年前の中国。その歴史を、編年式の権力史や革命史ではなく、塗炭の苦しみを味わう庶民の目からどう描くか。これまで林耀華『金翼』(1944年)のような社会学の古典的名作はあった。現代作家の余華は、8年ぶりとなる新作長編小説『文城』において、群集劇風の民間故事の形式でこの難題に挑んだ。 余華といえば、『活着(活きる)』『兄弟』などの長編がロングセラーとなり、多くの国民が主人公に自分の実人生を投影させてきた。本作ではこれまで扱わなかった時代に、新たな登場人物を造形した。農村社会の生活倫理に根差した、起伏に富んだ情欲世界を、複雑で重層的なストーリー展開で活写した。伝統的伝奇文学と魔術的前衛文学を兼ね備えた味わいだ。 黄河北辺の富農の林祥福のもとを、長江以南の「文城」から来たという阿強・小美兄妹(実