東京都議会で起きたみんなの党・塩村文夏氏(35才)に対する「セクハラ野次」問題。野次を受けた直後は、毅然とした態度で話を続けていた塩村氏だが、後半にさしかかると、声はうわずり、質問が終わり席に戻ると、ハンカチで目元を拭う仕草も見られた。涙の理由には、彼女自身が抱えるある思いもあった。女性セブンの取材に対し、塩村氏はこう話す。 「プロフィールでも公開していますが、私は被ばく2世として生まれました。2世の中には、妊娠・出産について不安を抱えているかたもいますし、実際私も甲状腺の病気を持っています。子供ができにくいということもあるそうなんです。私自身、35才になって“いい年”ですし、2世であることを気にすることもあったので…」 逡巡する時間があまりにも長くつらかったせいか、そう自身のことを語ると言葉をつまらせ、天を仰いだ。 琉球大学教授・矢ヶ崎克馬氏は「被ばく2世であることと、妊娠の問題や甲状腺
音楽で心が癒されたり、テンションが上がったりしますが、みなさんはどんな音楽がお好きですか? 私は以前からパソコン仕事をする際、YouTubeにアップされている「Amayzing Meditation」という曲を聞きながら作業をしています。 http://www.youtube.com/watch?v=2EQR0hMFbsk 他にも、川の流れや高原で小鳥たちが語らう声とピアノの旋律が美しいだけでなく、自律神経を整えてくれるCDなども、ホメオパシー健康相談の際に利用しています。 最近お気に入りなのは、「聴くだけで心と体が安らぐ周波数528Hz」に付いているオリジナルCD。 528Hzという周波数は、キリスト教の礼拝音楽であるグレゴリオ聖歌にも使われており、副交感神経に作用するといわれています。 この周波数は、古代より伝わる「ソルフェジオ音階」に含まれる音のひとつであると考えられているそうです。
このところ小保方問題も含めて偽科学、偽医学の話がいくつも検証されるようになり、まあ要するに小保方晴子女史はインチキなのは仕方ないとして、それに近い微妙なのもたくさんあるよね、と専門家の間でしがらみなく話し合われることが増えた、というのは怪我の功名でしょうか。 で、アメーバブログで「アトピーの赤ちゃんが産まれる意味・・・」というタイトルで快調に飛ばしている東海大学卒の田中佳さんという医師の話題がFACEBOOKで盛り上がっておりましたので、興味を持ちました。 アメーバブログを直踏みすると皆様の閲覧履歴が汚れますので、不肖、この私が洋物の魚拓を用意しておきました。 アトピーの赤ちゃんが産まれる意味・・・ 田中佳先生のブログ http://www.peeep.us/1369dd5f 冒頭から突っ込みどころが満載な感じです。個人的には楽しく読めたんですけれども、いきなりお産はデトックスとか言い出し
女のカラダ、悩みの9割は眉唾 (講談社+α新書) 作者: 宋美玄出版社/メーカー: 講談社発売日: 2014/02/21メディア: 新書この商品を含むブログ (9件) を見るヨミドクターのブログ「宋美玄のママライフ実況中継」や、Twitter @mihyonsong でも積極的に情報発信されてる、産婦人科医の宋美玄先生の本です。宋先生は、「女医が教える本当に気持のいいセックス」という本も書かれていて、こちらでご存知の方も多いかもしれません。 帯には、「セックスできれいになる?そんなアホな! 女性誌にケンカ売ります!」の文字。雑誌をよく読む(よく読まなくても、美容院などで女性誌を読んだことがある)女性の皆さんなら、「ほんまかいなw」な情報が結構載っていることはご存知だと思います。本書は、そのような眉唾情報を産婦人科医がバッサリ斬る!という内容なのです。 取り上げているのは、帯の「セックスでき
薬効をうたって健康食品「プロポリス」の販売を手助けしたとして、神奈川県警は10日、東京医科歯科大学の藤田紘一郎・名誉教授(74)=東京都杉並区=を薬事法違反(無許可医薬品販売)の幇助(ほうじょ)の疑いで書類送検し、発表した。 県警によると、藤田名誉教授は2009年6月~13年10月、「副作用なくがん細胞が自滅」などとプロポリスの効能を書いた原稿を作り、健康食品販売会社のシャブロンに送付。同社が薬事法に違反してプロポリスを販売するのを手助けした疑いがある。09年から4年間で1千万円以上の顧問料を受け取っていたという。 調べに藤田名誉教授は「効能は自分では裏付けていないが、他人の研究を読んで原稿を書いた」と話しているという。この事件ではシャブロン社長の荻野珠理容疑者(48)が同法違反容疑で逮捕されている。 藤田名誉教授は、寄生虫学、感染免疫学の専門。カイチュウ先生として知られ、「笑うカイチュウ
東京の健康食品販売会社の社長の女が蜂の巣から作った錠剤などを、がんに効き目があるとうたって無許可で販売したとして薬事法違反の疑いで逮捕され、警察は去年までの8年間に全国のおよそ7万人に販売し、28億円を超える売り上げがあったとみて調べています。 逮捕されたのは東京・目黒区の健康食品販売会社「シャブロン」の社長、荻野珠理容疑者(48)です。 警察の調べによりますと、荻野社長は、おととし11月から去年10月にかけて、横浜市の68歳の女性など5人に蜂の巣に含まれるプロポリスという成分で作った錠剤などを、がんに効き目があるとうたって無許可で販売したとして、薬事法違反の疑いが持たれています。 調べに対し、荻野社長は容疑を認めているということです。 警察によりますと、荻野社長は病院の待合室などに置かれている雑誌に広告を出して、「副作用なく、がん細胞が自滅する」などと宣伝していたということです。 警察は
昨日の朝日新聞朝刊(12/15)34面を興味深く読んだ。 がん放置大丈夫?のタイトルで、ベストセラー「医者に殺されない47の心得」を 出した近藤誠医師(※1)に勝俣範之医師(※2)が反論している。 なぜ興味を持ったか。それは6年前、54歳で亡くなった私の妹が二人の医師に 診てもらっていたからだ。 妹は乳がんが見つかって以来、近藤先生に心酔し、誰の勧めも退けて、 手術をしない道を選んだ。そして、どんどん悪化し、国立がん研究センターの 勝俣先生に診てもらった頃には手遅れに近かった。 骨と皮のようになった妹が、 「お姉ちゃん。近藤先生を訴えた方がいいと言われている」 と言った時、私は止めた。 「人を恨まず、怒らず、笑い飛ばしていたほうががんに負けないよ」 そう言うと、「うん、そうだね」そう言って妹は死んでいった。 医学的知識は私にはほとんどない。 ただ、身近に乳がんになった人が多くいて、その全員
杏林大学医学部にて30年以上に亘る癌研究を通して、腫瘍免疫の解明並びに抗腫瘍の開発に携わり、定年後、現職へ。 青山学院大学客員講師、医学博士、農学博士。 【論文】 ・生殖・生理の生化学的解明(.) ・排卵の生化学的メカニズムの解明および精子形成の生化学的機構(.) ・癌と免疫機構の分子生物学的解明(.)
●免疫抗がん剤「カルチノン」とは? 免疫で癌を治すためには、ターゲットである癌細胞から抗原を調製することが理想ですが、癌細胞の種類が多いことと抗原性が極めて低いことから、どのような癌に対しても有効な共通抗原を調製することは困難でした。 生殖機能に関する生化学的研究から“胎児は生理的癌である”というユニークな発想を抱きました。 この発想は当時としては、多くの科学者には受け入れられないものでしたが、その後徐々に理解され、現在では腫瘍マーカーの多くが胎児性抗原と共通することが認められています。 各種動物の胎児から癌に最も特異性の高い抗原物質の抽出に成功し、異種蛋白質の性質を排除することによって、ヒトの癌に応用できるまでの免疫抗がん剤が誕生しました。 それが免疫抗癌剤『カルチノン』です。 ●「カルチノン」の作用機序について 体内に発現した癌細胞を自己と違う細胞と認 識し、攻撃することに関わっている
長尾和宏「近藤誠先生、あなたの“犠牲者”が出ています」 【全文公開】 100万部ベストセラー『医者に殺されない47の心得』に現役医師が大反論 がんの“放置療法”など独自の主張でベストセラーを出してきた近藤医師。その意見は世の中には受け入れられるも、医療界からは黙殺されてきた。しかし今、1人の町医者が真っ向から反論する著書を上梓した。彼は何を問題視しているのか、率直に語ってもらった。 『医者に殺されない47の心得』(アスコム)という過激なタイトルの本が売れている。昨年12月に発売されてから版を重ね、今年9月には100万部を突破した。 著者は慶應義塾大学医学部専任講師の近藤誠氏(65)。がんの放射線治療が専門だが、従来から安易ながんの手術に警鐘を鳴らしてきた医師だ。この本はそうした主張の集大成ともいえる内容になっている。 曰(いわ)く、 「病院によく行く人ほど本来は不要な薬や治療を施されて早く
本誌先週号で長尾和宏医師は、100万部のベストセラー『医者に殺されない47の心得』の著者で独自の「がんもどき理論」が支持を得ている近藤誠氏を真っ向から批判した。そこで、改めて長尾氏の意見を近藤氏にぶつけると、こちらも正々堂々と反論を繰り広げたのだ。 「一体、何度こういった議論を繰り返せばいいんでしょうか?」 慶應義塾大学医学部放射線科の近藤誠氏(65)の表情には、苛立ちとともに諦念も浮かんでいた――。 本誌は先週号(11月14日号)に、兵庫県尼崎市の開業医、長尾和宏氏(55)のインタビュー「近藤誠先生、あなたの“犠牲者”が出ています」を掲載した。 これを受けて、改めて近藤氏に話を聞いたところ、冒頭のように語ったあと、長尾氏の主張に対し、具体的に反論を繰り広げたのだ。 まずは、これまでの状況を整理しておこう。 近藤氏の名が一躍世に出たのは1988年の事だった。『文藝春秋』に「乳ガンは切らずに
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