galax @F5533182 小学生の頃親に「ソ連はなんで滅んだの?」と聞いたことがあり、「資産が平等に分配されてみんな働かなくなったからだよ」と言われたが、今思うとあれは資本主義側から見たポジショントークだったなあ 良い悪いではなく 2024-04-30 11:58:55
galax @F5533182 小学生の頃親に「ソ連はなんで滅んだの?」と聞いたことがあり、「資産が平等に分配されてみんな働かなくなったからだよ」と言われたが、今思うとあれは資本主義側から見たポジショントークだったなあ 良い悪いではなく 2024-04-30 11:58:55
異文化の交流や発展の話って面白いけど、映画や小説、漫画やアニメゲームなどのコンテンツビジネスが海外とやり取りする時の裏話って、どれもけっこうおもしろくて愛読しています。 それは知的財産にまつわるビジネスものでもあるし。 あと、映画だと字幕とか場面のカットとか、吹替の声優とか、権利の諸問題とかでお国柄がいろいろわかったり、というのもありますね。 最初に読んだのは周防正行の「shall we ダンス アメリカを行く」だったかな。 Shall weダンスアメリカを行く 作者:周防 正行太田出版Amazonハリウッド流儀を蹴散らし、契約至上主義ビジネスの罠をかいくぐり、米国アカデミー賞に異議を申し立て…悪戦苦闘の末に勝ちとった日本映画初の全米大ヒット。米国に乗り込んだ監督の痛快ノンフィクション。 その後、そもそも世界中でコンテンツはサブスクなどによって均等に売れる時代になったし、たとえば日本のプロ
昭和49年から50年にかけて東京で企業が相次いで爆破された事件の容疑者の1人で、指名手配されていた「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者(70)とみられる男の身柄が25日確保されていたことが捜査関係者への取材でわかりました。警視庁が確認を急ぐとともに男から事情を聴いています。 連続企業爆破事件は昭和49年から50年にかけて過激派の「東アジア反日武装戦線」が起こしたもので、三菱重工や三井物産、それに間組など海外に進出していた企業が次々と標的にされ、12件の爆弾事件が相次ぎました。 「東アジア反日武装戦線」のメンバーの1人、桐島聡容疑者(70)は、このうち昭和50年に東京・銀座にあった「韓国産業経済研究所」のビルに爆弾を仕掛けて爆発させた事件に関わったとして爆発物取締罰則違反の疑いで全国に指名手配されていました。 捜査関係者によりますと、容疑者とみられる男が25日、神奈川県内の病院に
(CNN) 東京の羽田空港で日本航空(JAL)の旅客機と海上保安庁の航空機が衝突した事故は、映像を見る限り、無傷だった人がいたことが奇跡のようにさえ思えた。 2日に起きた事故では海上保安庁の航空機に搭乗していた乗員6人のうち5人が死亡した。JALの乗客乗員379人に死者はなかった。 事故に関する調査は続けられているが、炎に包まれた旅客機の搭乗者全員が避難できたのは、現代の旅客機の安全基準とJALの徹底した安全意識の組み合わせに尽きると専門家は指摘する。 「映像を見て、全員が脱出できたことに驚き、安堵(あんど)した」。こうした事故に詳しい英クランフィールド大学のグラハム・ブレイスウェイト教授はそう語る。 「しかし同航空について私が知っていることや、同社が安全対策と乗員の訓練にどれほど力を注いできたかを考えると、彼らがあれほど素晴らしい仕事をしたという事実は驚くにはあたらない」 ブレイスウェイ
1985年8月12日、JAL123便はたった一度の修理ミスで墜落したとされ、520人が亡くなりました。ここに私たちが学ぶべきことがあるのではないでしょうか。 あの日、何が起きたのか? スザンヌ・ベイリー・湯川さんが一番よく覚えているのは、パートナーが飛行機に乗りたがらなかったことでしょう。1985年8月12日(月)、パートナーの湯川昭久さんは大阪に1泊する予定でした。 2人が出会ったのは、8年前のロンドン。昭久さんが住友銀行の支店長として渡英していたときのことです。その後日本へ戻り、彼は住友銀行の航空機リース・ファイナンス部門の立ち上げを担当していました。その関係でほぼ隔週で、東京から大阪まで日本航空を利用していたのですが、その月曜日の朝はいつもと違いました。スザンヌさんは次のように話します。 「彼は朝からずっと、『本当にいつもと違う気分だ』と言ってたんです。いつも飛行機に乗っていた彼にし
7月8日は安倍元首相の一周忌でした。安倍元首相が銃撃されて重体というニュースを見た時はとても信じられませんでした。5月16日に政策提言でお話をさせていただく機会があったばかりでしたから尚更です。ご家族や親しいご友人の方の悲しみはいかばかりかと思うと本当にやり切れない思いです。 安倍元首相は日本経済の再生に強い思いを持っておられました。アベノミクスの成果が実り*1、いよいよ2%インフレの達成が目前に迫っている現在の日本経済の景色を安倍元首相が見ることができないのは本当に残念なことです。 アベノミクスは第一の矢の金融政策以外は様々な障害があり、道半ばに終わったものが少なくありませんが、現時点でも日本経済再生への最良の処方箋であると思います。現在の日本経済の課題は、金融緩和を継続するとともに、実現しなかった積極財政や道半ばに終わった岩盤規制の規制改革を進め、アベノミクスを完遂することです。 私が
1945年に日本は終戦を迎えました。その前から東京の「通勤ラッシュ」は限界に達していたため、国は復興とともにこれを解決しようと試みたのです。 「脱・通勤地獄」プランは終戦前から作られた 東京都心の鉄道は、地下鉄を除けば昭和戦前期には概ね現在のネットワークが完成していました。大正時代、第1次世界大戦、関東大震災後の郊外化を背景に郊外私鉄が次々と開業し、沿線開発と人口増加が続きました。 その結果、東京府(当時)の人口は、1920(大正9)年の約370万人から1930(昭和5)年には約541万人まで急増。戦時体制に入ると軍需景気でさらに人口集中が強まり、1940(昭和15)年には約735万人にまで達しました。鉄道各線は通勤客で大混雑し、日本初の「時差通勤」が行われたのも、実は戦時中のことです。 拡大画像 1963年当時、混雑する新宿駅ホームと電車(画像:新宿区)。 しかし戦争末期、東京への空襲が
被爆地・広島で開催のG7サミットでは、ウクライナ情勢や世界経済、核軍縮などを主要7か国の首脳らが議論。 議長を務める総理大臣・岸田文雄が強くこだわってきたのが、G7首脳による原爆資料館訪問だ。 サミット初日の5月19日、アメリカのバイデン大統領らG7各国の首脳たちは原爆資料館を訪れ、館内を視察した。 G7の核保有国の中には、資料館に足を踏み入れることさえ難色を示す国も出ていた中、首脳に何を見てもらったのか。シビアな水面下の交渉に迫る。 (清水大志、五十嵐淳) 米も仏も英も難色 「被爆の実相を見てもらわないとな」 G7サミットの広島開催を去年5月に決めて以来、岸田は、G7首脳による原爆資料館訪問の意味について、周囲にそう強調してきた。 被爆地選出の国会議員として「核廃絶」をライフワークに掲げてきた岸田。 被爆地でのサミット開催は、おととし秋の総理就任時から温めてきたプランだ。 なかでも原爆資
加藤文宏 なぜいま西山太吉なのか 沖縄返還を巡って日米間で取り交わされた「密約」をめぐる西山事件の主、元毎日新聞記者の西山太吉が2月24日に心不全のため死去した。91歳だった。西山の死が報道されると、ジャーナリストの江川紹子は 当時のプロセスには様々な論評はあるが、人生をかけて密約の存在を伝えた。おつかれさまでした Twitter 10:05pm · 25 Feb 2023とNHKの訃報を紹介した。 江川が言う「当時のプロセス」とは何か。取材プロセスであろう。 1971年、佐藤内閣は沖縄返還に際して地権者に対する土地の原状回復費400万ドルをアメリカ合衆国が支払うと発表していたが、実際には日本国政府が肩代わりする密約を結んでいた。返還交渉を取材していた西山太吉は、肩代わりを約束する秘密電文の存在を外務省の女性職員Hから聞き、彼女に求めて電文のコピーを入手した。 「密約」の存在をほのめかすに
おしゃれで異国情緒あふれる港町・神戸。全国的にも知名度の高い都市だが、中心地のJRの駅は「神戸」ではなく「三ノ宮」。再開発で新たなビルが立ち並び、JRのほか阪急、阪神などの6路線が乗り入れるターミナル駅として栄えている。なぜ神戸の中心駅は「神戸」ではないのか。背景には街の発展の歴史的な経緯があった。 「神戸の中心地の最寄り駅はどこですか?」 阪神電鉄には、10年ほど前からそんな問い合わせが寄せられるようになったという。同社は2009年に近鉄と相互乗り入れを開始。奈良や名古屋までつながった。当時、最も中心街に近い駅は「三宮」。だが遠方の利用者の中には約2キロ西の「高速神戸」駅を中心と思う人もいたようだ。 実は、阪急電鉄と阪神の「三宮」駅は、開業当初は「神戸」駅だった。阪神が1912年に、阪急は68年に、それぞれ「神戸」を「三宮」に変更した歴史がある。阪神は戦争で資料が焼失したため経緯は不明。
ということで見逃し配信を視聴しましたよ。9月18日に放送された表題の番組です。まずもって申し上げますと想像以上にいい内容の番組で、時間の無駄になりそうだとか書いてNHKに謝らないといかん。まことに申し訳ございませんでした(←見てないと思うけど)。JILPTとの共同調査も随所で効果的に使用されており、きちんとした研究機関・研究者と組んで調査するという姿勢も立派なものと思います(番組中では駒村康平先生が解説を務めておられます)。明日(9/25)第2回があるらしいのでそれを見てからとも思ったのですが放送時には視聴できそうもなく録画視聴になりそうなので現時点での感想を書いておきます。 特にいいと思った点を先に書いておきたいと思いますが、私が先日「「この25年で約130万円減少」ってかなりの部分は高齢化と世帯人員の減少で説明できるんじゃねえかとか思う」と書いた点については、ちゃんと「単身世帯、高齢世
歴史的に黒人奴隷がいなかった日本で、黒人はどう描かれてきたのか? 日本の大衆文化に詳しい仏紙「ル・モンド」記者がマンガの黒人キャラクターに着目し、その変遷をたどる。 日本のマンガが世界で西洋のコミックと同じように読まれるようになってから数十年。マンガの読者が世界各地で増えたのに応じて、マンガの登場人物も世界各地に出自を持つようになった。 『ONE PIECE』や『NARUTO─ナルト─』、『ジョジョの奇妙な冒険』など近年の人気作品を見ればわかるが、黒人の登場人物が物語の中心に位置することも珍しくない。こうした黒人キャラクターは適切に描かれている場合がほとんどだが、過去には、非常に侮辱的な絵、ときには人種差別的な絵があったことも事実だ。 日本のマンガのなかで、民族の描かれ方はどう変わってきたのだろうか。それを理解するためにはまず、日本が外国とどんな関係を築いてきたのかという歴史を知る必要があ
備忘録と夏コミの宣伝も兼ねてまとめておかないと...(挨拶) 2022/7/20にアプリ版ウマ娘のメインストーリー第一部最終章後編が配信されましたが、みなさんプレーされましたでしょうか?そして魂をもっていかれたでしょうか? ストーリーはもちろん、細かいキャラクター描写、更に進化を続けるレースやライブ映像、そして史実の競馬とウマ娘というコンテンツの両方の歴史の重みを詰め込んだJCの最後の直線。僕自身は完全にやられてしまいました。 ストーリー自体の出来はもちろん、最後に仄めかされたウマ娘の存在についてなどTwitterやDiscordでも熱い感想・意見を沢山目にしてきたわけですが、僕自身は競馬おじさんたちとここ数ヶ月話してきたことを踏まえて一番感じたのは以下の一連のTwitterの投稿に集約されているかなと。 エルの凱旋門は悲願といより「いやいや夢でしょ」が「あれ現実だったのかも」みたいな雰囲
アメリカという「現代のバベル」 崩壊後のバベルに生きるというのはどんなものだろう? 創世記には、ノアの子孫たちがシナルの地に巨大な都市を建設したと記されている。彼らは自身らの「名を高めるため」に、「頂上は天まで届く」塔を建てた。神は人間の傲慢に腹を立てて言った。 「見よ。彼らは一つの民であり、一つの言葉だけをもつ。そしてこれは、これから彼らが為すことの始まりに過ぎないのだ。今や、彼らが為そうとすることで不可能なものはなくなった。さあ、下界に降り、彼らの言葉を乱そう。彼らが互いの言うことを理解できなくなるように」 聖書の本文に記述はないが、この物語の有名な解釈の多くでは、神が塔を破壊したことになっている。そこで、この劇的な場面を心に描いてみよう。人々は互いにコミュニケーションを取ることができず、互いの無理解を呪い、廃墟の中を彷徨うのだ。 このバベルの物語は、2010年代のアメリカで起きたこと
[Noah Smith, “The Japan that Abe Shinzo made,” Noahpinion, June 4, 2022] この半世紀で最重要の首相がもたらした3つの大きな変化 今回で,日本に関するシリーズは5本目になる.これが最後だ.第1回目(翻訳)では,日本の生活水準が低めなことを嘆いて,現金ベースの福祉政策を提案した.第2回目(翻訳)では,日本が経済成長を加速させるのに使えそうな産業政策をいくつか提案した.第3回目では,日本の停滞した企業文化とその直し方を論じた.第4回目では,日本のポップカルチャーに関する2冊の本の書評を書いて,日本が経済面で衰退しつつもそのポップカルチャーが世界を制覇したあらましについて述べた. この20年というもの,定期的に日本を訪れている.でも,今回の日本旅行ではとくに強い印象を受けた.2002年にはじめて日本に来たときから,この国の感触
「日本人」という自我(2016年5月) 我が国の閉塞へいそく状況は論を俟つまでもない。その根本理由は、我々が思考停止に陥っていることにあるのではないか。冷戦後四半世紀が経ち、世界は再び動乱の時代を迎えているが、日本だけは相変わらず「対米追従」という国是を盲信している。だが、そろそろ乳離れすべきだろう。 本来ならば冷戦終結を転機とすべきだった。そこで日本は思考停止状態のまま、「アメリカ」という選択肢を選んだ。いや、決断を伴わない以上、それは選択ですらなかった。単なる惰性、現状維持にすぎなかった。我々は改めて我が国の針路について思考、決断、選択をし直さなければならない。 その上で私は対米従属でも社会主義でもなく超国家主義でもない、日本独自の道があるはずだと考えている。その可能性を模索する手がかりの一つは、アジアである。 特にベトナム戦争を再考する必要がある。ベトナム戦争は資本主義対社会主義の冷
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