*1 「僕はその頃十六であつた。丸く黒く、焼けすぎた食パンの頭みたいな顔をして、臙脂色のジヤケツを着て、ポケットに手を突つこんで、毎日街を歩いてゐた。」*2 「こういう、一体なにが本業だかわからないで、なんとなく喰えている男が、ひところ、浅草の楽屋にはゴロゴロしていたものだが、一定の職も持たぬのに(あいつァ気分がイイから)と、酒を呑ませ、メシを喰わせ……つまり、なんとなく生きてゆかせてくれるから、浅草はアリガタイところ。昔も今も浅草なればこそだろう。が、これをあまりイイ気分――ではない当然のように思い、イイ気になっていると、こんどはピシリ!とトドメを刺されてしまう。誰からも相手にされない。浅草というところは、そういう冷たさ、というか、厳しさがあるところだ。」*3 ● はじめに 「隼おきんの貞操」、という文章があります。小説ではない。ゆるい随筆というかエッセイというか、それでいて「おはなし」