真武七郎さんの遺族に手渡されたスケッチ。右上に日付と名前のイニシャルがあり、格子窓の横でうつむいた男性の絵に英文で「誰によって……、この結果」「正義はどこに?」などと添えられている=福岡市中央区で2023年11月24日午後0時25分、矢頭智剛撮影 太平洋戦争末期の1945年、九州帝国大(現九州大、福岡市)で米軍捕虜8人が実験手術を受け、死亡した「生体解剖事件」。その捕虜から摘出した肝臓を食べたという事実無根の疑いで戦後に拘束され、後に無罪となった日本人医師が収監中に残したスケッチが見つかった。76年の時を経て家族の元に届いた線画には、冤罪(えんざい)におびえる苦悩や家族への思慕がにじむ。 医師は真武七郎(またけしちろう)さん。連合国軍総司令部(GHQ)の記録や解剖事件の関係者が残した資料などによると、真武さんは福岡市内で開業医をしていた47年9月、巣鴨プリズン(東京)に収監された。 理由は