本書『折口信夫』は、大江健三郎さんの一言からはじまった。拙著『光の曼陀羅 日本文学論』が大江健三郎賞を受賞した際、ただ一人の選考委員である大江さんから、あなたはもう一度あらためて折口信夫の「評伝」を書き直した方が良いのではないか、とアドバイスをいただいた。「評伝」というジャンルには、まだまだ大きな可能性がある。特に折口のように、その生涯にもその思想にも「謎」を秘めた巨大な表現者については、とも。 確かにそうだと思った。当時まで、あるいは現在でも、折口信夫の生涯と思想は、どうしても柳田國男との師弟関係から論じられることが多かった。もちろん、柳田もまた近代日本思想史と近代日本文学史の上に名前を残す偉大な表現者である。しかし、折口は、柳田の影響圏から容易にはみ出してしまう、より過激で過剰なものを抱え込んでしまっていたのではないか、と。 さらには、大江さんのみならず、三島由紀夫や中上健次や村上春樹