ぼくが大学の哲学科に入って最初に友だちになったのはKだった。 Kは講義を徹底的にサボり――じっさい、彼を教室や研究室で見かけたのは数えるほどしかなかった――たいてい図書館前の芝生に寝転んでいるか、そうでなければ三四郎池でアメンボを叩いているかしていた。だが、あるとき、ぼくは彼の書いた文章を読んでびっくりしたことがあるのだ。 それはナントカという薄汚い紙の同人誌で、(薄汚いというのは当時紙がなく、たいていの雑誌は商業誌でさえ薄黒いセンカ紙を使っていたからであるが)そこにKが短い小説のような文章をのせていたのだ。雑誌の名前は忘れてしまったが、Kの書いた文章の題だけは、はっきりおぼえている。「パンとみそ汁」というのだ。 それは何ということもない文章で、ただ、コメが手に入らないのでセメントのかたまりのようなボロボロのコッペパンをみそ汁につけて食べる、というだけの情ない話なのであるが、一読してぼくは