この所、機会のある度に、”和本リテラシー”の回復を願うという趣旨のことばかりを書いたり話したりしている。 この”和本リテラシー”というのは、私の勝手な造語であり、要するに”くずし字”なるものの読解力を言ったつもりだったが、それが余りにも低下してしまっているので、それを回復しない限り、明治以前の文献に遡ることは難しくなりつつあることを危惧したからに他ならない。その活字化も僅か1%か2%に過ぎないのが現状である。 それにしても”和本リテラシー”という造語は我ながら熟さぬ表現に思えるので、”リテラシー”の説明はそれなりにしたつもりでいたのだが、実は”和本”という言葉こそが、今の若い人達にとっては、かなり詳しい説明がなければ、とんとイメージし難いものであることに遅まきながら気がついた次第である。 但し、そうしたものも、これ迄にも何がしかは書いてきたつもりでいた。ただし、それは飽く迄も専門家の卵に向
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