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ブックマーク / junotkja.wordpress.com (2)

  • レンズ職人としての科学哲学者

    今、零下10度のニューヨークに来ています。半日時間ができたのでメトロポリタン美術館に行ってみたのですが、コレクションが凄くてびっくりしました。特にエジプト系、ファラオの墓の内壁そのまま持ってきたりとか、色々な意味で半端ないです。フェルメールも4つあったりとか(5つあるって話だったけど4つしか見つからなかった)、久しぶりに絵画鑑賞を満喫しました。 芸術作品は我々に異なった仕方で世界を見ることを教えてくれる、と述べたのはプルーストでしたが、美術館に来ると当にそうだなと感じます。だってレンブラントの自画像とか、冷静に考えれば単なるおっさんじゃないですか。百歩譲ってセザンヌの静物画のリンゴだって、そこらへんで売ってるじゃないですか。なぜそれを有り難がって鑑賞するのか。恐らく、スーパーのリンゴにも中年のおっさんにも、実は美が宿っている、しかし我々凡才の目にはそれが隠されている、それを芸術家は発見し

    レンズ職人としての科学哲学者
  • 私家版「科学哲学とは何か」

    ・・・あるいは、「お前何やってんの?」 「科学哲学」というあまり耳慣れない学問を専門にしてると、「それって何を研究する学問なんでしょうか?」と良く聞かれます。そのときはとりあえず、「科学を理解するための学問です」と答えることにしてます。でもたいていこれでは納得してくれません。「科学を理解する」ってどういうこと?そもそも科学自体が何かの理解なんじゃないの? でもこの曖昧さって何も科学哲学に限った話じゃないですよね。「生物学とは生物を理解するための学問です」と言われたら、最初は「ああ、そうか」と頷くけど、でもよく考えてみればこの答えも今ひとつ曖昧。生物の「何を」理解するの?また何をもって「理解した」と言えるの?一口に「生物を理解する」といっても沢山の仕方がありますよね。庭を這ってるダンゴムシをみつけて、「こいつはどんな仕組みで動いているんだ」と考えるのも一つ。あるいは「いったいぜんたい、無機物

    私家版「科学哲学とは何か」
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