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奴隷に関するkaionjiのブックマーク (7)

  • 悲惨だったアジア人奴隷~~桑原三郎『アジア侵掠秘史』(GHQ焚書)を読む その1

    「国立国会図書館デジタルコレクション」で「個人向けデジタル化資料送信サービス」の手続きをすることで、大半のGHQ焚書が読めるようになる。今回は昭和十六年に刊行された桑原三郎 著『アジア侵掠秘史』というを紹介したい。このは、過去五百年近くアジアは欧米列強によって侵略され、悲惨な植民地とされてきた歴史が克明に綴られているのだが、戦後このような内容のが当時の史料とともに詳しく記されたが出版されることはなかったと断言できる。第一章の一部を紹介したい。 欧米列強によるアジア侵略 欧米列強の壟断になる欺瞞の近代世界史は、ここに白日の下に暴露されるときが訪れたのである。なかんずくその中核をなすところの、欧米列強のアジア侵略史をわれらアジア人の手に持つ明鏡——中正なる史実——によって、ついに最後の審判を下すべき光代を迎えたのだ。 顧みれば近代の世界史は概ね欧米の世界史にほかならなかった。滔々たる世

    悲惨だったアジア人奴隷~~桑原三郎『アジア侵掠秘史』(GHQ焚書)を読む その1
  • 「中世の日本にはたくさんの奴隷がいた」約20万円で人買い商人に売られた14歳少女のその後 人身売買は本来「国禁」だが…

    能「自然居士」で描かれた“身売り少女”の悲劇 世阿弥(1363?~1443?)の父、観阿弥(1333~1384)が作ったとされる能で、「自然居士じねんこじ」という作品がある。 主人公の自然居士は、鎌倉時代の京都に実在した半僧半俗の説経師。彼の説法は庶民にもわかりやすい解説とパフォーマンスで知られ、彼が登壇する説法会はいつもファンで超満員だった。いわば当時のカリスマ・タレントである。 ある日、京都東山の雲居うんご寺というお寺での出来事である。この日は、寺の修繕費集めのための7日間におよぶ、自然居士スーパー説法ライブの最終日だった。境内は自然居士目当ての信心深い男女で大賑わい。そんな聴衆のなかに、死んだ両親の供養を願って、美しい小袖をお布施として持参してきた14~15歳の少女がいた。 じつは彼女は、自分の身を人買い商人に売って、それで得た代金で小袖を買い、両親のための読経を依頼しにきたのだった

    「中世の日本にはたくさんの奴隷がいた」約20万円で人買い商人に売られた14歳少女のその後 人身売買は本来「国禁」だが…
  • 【奇譚】奴隷の子孫、突然王子になる:DNA鑑定でベナンの王家の末裔と判明!|財布を忘れて愉快なオーストリア大公妃|note

    『サザエさん』は言うまでもなくフィクションであるが、このカツオの言動に共感できる人は多いはずだ。誰しもが、きっと一度は考えたことがあるだろう。自分の先祖にはどんな人がいたのだろうか、どこに住んでいたのだろうか、遠戚にはどんな人がいるのだろうか、と。 このように家系に対して強い関心を抱くのは、われら日人だけではないらしい。全人類に普遍的な感情かどうかは知らないが、少なくともある程度は民族、地域、文化の垣根を越えた感情であるようだ。 現代にはDNA鑑定という血の繋がりをほぼ正確に調べる手段がある。祖先崇拝が盛んな文化圏である中国では、近年「有名な歴史上の人物との関係を発見する」ことを目的とするDNA鑑定が静かなブームとなっているという。 またアメリカでは、先祖の出生地を知ることを目的としてDNA鑑定を利用する者が少なからずいるそうだ。彼らの多くは、かつてのアフリカ出身奴隷の子孫であり、アフリ

    【奇譚】奴隷の子孫、突然王子になる:DNA鑑定でベナンの王家の末裔と判明!|財布を忘れて愉快なオーストリア大公妃|note
  • 「産業革命は黒人奴隷たちの血と汗の結晶である」 歴史学の常識を覆した研究者とは 川北稔さんが解説|じんぶん堂

    記事:筑摩書房 iStock.com/vivalapenler 書籍情報はこちら 「周辺」から世界の歴史を見る 植民地など、「周辺」とされる地域から世界の歴史をみようとする立場は、いわゆる世界システム論をはじめとして、いまではそれほど珍しくはない。そうした見方は、学問的にも市民権を得ているといえる。しかし、ほんの半世紀まえには、そうした立場は、まともな学問とはみられないものでもあった。先頭を切って、この困難な局面を切り開いたひとりが、書の著者エリック・ウィリアムズである。 トリニダード・トバゴの郵便局員の息子として生まれたウィリアムズは、秀才の誉れ高く、周りの期待を背負って、宗主国イギリスのオックスフォード大学に送りこまれた。古典学を専攻した彼は、抜群の成績で卒業したものの、当時のイギリスには─―というより、日をふくむ世界には─―、西洋文明の根源にかかわる古典学、つまりギリシア語やラテ

    「産業革命は黒人奴隷たちの血と汗の結晶である」 歴史学の常識を覆した研究者とは 川北稔さんが解説|じんぶん堂
    kaionji
    kaionji 2020/09/10
    ピューリタンの勤勉さという話はよく聞くが幻想だったか
  • 奴隷貿易の暗い歴史、DNA研究で明らかに

    1515~1865年にアフリカ大陸から奴隷として南北米大陸へ連れて行かれた人数と目的地を示した図。(c)AFP 【7月27日 AFP】遺伝学的に残されたレイプの爪痕から、致命的な条件下で労働を強いられた人々が病気で滅びていった可能性まで、奴隷貿易の暗い歴史を明らかにする新たなDNA研究の結果が23日、米科学誌「アメリカン・ジャーナル・オブ・ヒューマン・ジェネティクス(American Journal of Human Genetics)」に発表された。 この研究では大西洋を隔てたアフリカ大陸と米大陸の両方で、同意を得た5万人の遺伝子データを収集。それらと、1515~1865年の間に1250万人の男女と子どもたちを運んだ奴隷船の詳細な記録を相互参照した。この間、奴隷船に乗った人々のうち約200万人は途上で死亡している。 その結果、アフリカの人々が遺伝的に大きく関与している点は、歴史記録に基づ

    奴隷貿易の暗い歴史、DNA研究で明らかに
  • 古代ローマの奴隷制度に関する10の事実 : カラパイア

    現代人の目からは、奴隷は到底支持することができない制度である。今行えば、人間をお金で売買するなど非人道的かつ非倫理的であると非難される。しかし古代ローマ人にとって、奴隷は至極当たり前の風景であり、きちんと社会の枠組みの中に織込まれていたのだ。 ここで紹介するのは、そんな奴隷制度に関することだ。

    古代ローマの奴隷制度に関する10の事実 : カラパイア
  • アフリカに売られた125万人の白人奴隷 @ ArtSaltのサイドストーリー

    つい最近知った OMG Facts の公式Twitterアカウント経由情報。ヨーロッパの人々が頻繁に海賊に襲われて奴隷としてアフリカに売り飛ばされていたという史実。 約1年前のBBCの記事 "British Slaves on the Barbary Coast" を紹介してみる。これを書いたのはオハイオ州立大学のロバート・デイビス (Robert Davis) 氏。以下は原文の翻訳ではなく概略である。 アフリカの海賊に襲われていたヨーロッパ 西暦1600年代前半のヨーロッパはコルセア (corsair) と呼ばれる海賊に襲われていた。彼らはバーバリー (Barbary) からやって来た。バーバリーとは北アフリカの海岸地方全体の呼び名である。コルセアはイギリスをはじめとするヨーロッパ各地の沿岸で船を奪い、船乗りを奴隷にしてアフリカで売った。イギリスの海事裁判所の記録によれば、1609年から

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