男装した軍服姿の川島芳子 【台北=野嶋剛】戦前の中国大陸を舞台に旧日本軍スパイとして暗躍、「男装の麗人」「東洋のマタ・ハリ」と呼ばれた川島芳子(中国名・金璧輝)を国民党政権が1948年に死刑にした際の確認公文書が、台湾が保管する当時の公文書の中からこのほど見つかった。 川島芳子をめぐっては、処刑に替え玉が使われ、実は生存していたという説が根強くあった。だが、今回の公文書は、死亡説を補強する論拠になりそうだ。 川島は中国清朝の王女として生まれ、日本の大陸浪人、川島浪速の養女になり少女時代を日本で過ごした。成人してからは中国大陸の日本側の特務機関で情報活動に従事。満州国建国や上海事変などにかかわった。「漢奸(売国奴)」として45年に北京で逮捕され、死刑判決を受け、48年3月25日に銃殺された。 しかし、直後から「別の女性が金のネックレスと引き換えに替え玉になった」とのうわさが流布。知り