5月3〜4日、静岡県の富士スピードウェイで2024年のシーズンが開幕したFIA-F4。若手登竜門カテゴリーとして今季も多くのエントリーを集めており、新シャシーMCS4-24が導入された今季も合計37台が開幕戦に参戦する中、今季デビューながら開幕戦を7位でチェッカードフラッグを受けるも(正式リザルトはペナルティにより14位)という結果を残したのが、PONOS RACINGの佐藤凛太郎だ。成績はもちろん、そのルーツも注目される佐藤凛太郎にこれまでのキャリア、そして将来について聞いた。
ハミルトンのフェラーリ移籍の可能性が報じられたのは、2月1日のヨーロッパ時間午前中のことだった。このニュースを受け、ニューヨーク証券取引所でフェラーリの株価は10%以上高騰し、最高値を更新することとなった。 そしてヨーロッパ時間の夜になって、フェラーリがプレスリリースを配信し、2025年からハミルトンが加入することを正式に発表した。これにより2025年のフェラーリは、ハミルトンとシャルル・ルクレールという超強力ラインアップとなる。 ハミルトンは、メルセデスと2025年末までの契約を結んでいると考えられていた。しかし2025年についてはオプション契約だった模様で、ハミルトンはこれを行使しないことを決断したようだ。 motorsport.comの調べによれば、メルセデスのスタッフは2月1日の午後にブラックリーで行なわれた緊急ミーティングで、チーム代表のトト・ウルフとテクニカルディレクターのジェ
レッドブル・レーシングは、F1ベルギーGPでまたしても壊れた優勝トロフィーに対処しなければならなくなった。今回はチーム自身で壊してしまった。 ベルギーGPでは、ギアボックス交換による5グリッド降格で6番グリッドからスタートしたフェルスタッペンが、17周目にチームメイトのセルジオ・ペレスを抜くと、そこからは独走。ペレスがレッドブル・レーシングの1-2フィニッシュを達成するなか、フェルスタッペンは22秒以上の大差をつけて優勝を飾った。 前戦ハンガリーGPでは、フェルスタッペンの優勝トロフィーが不運な運命に見舞われた。。ランド・ノリスのシャンパンを表彰台に叩きつけて開けるパフォーマンスも世はで、磁器製のトロフィーが床に落ちて砕け散った。 その後、ハンガリーGPのトロフィー作成者は代替品の製造に着手しているが、レッドブル・レーシングはまた新たに代替品のトロフィーを発注する可能性があるようだ。、今回
授与から僅か数分でマックス・フェルスタッペン(レッドブル)はF1ハンガリーGPの優勝トロフィーを失った。ランド・ノリス(マクラーレン)が表彰台から落とした事で半分に割れてしまったためだ。 ハンガロリンクでの圧勝劇を経てフェルスタッペンには、繊細な文様が全面に描かれた磁器製のトロフィーが贈られた。セレモニーでの授与を経て、シャンパンシャワーが始まった瞬間、その事故は起きた。 2位フィニッシュのノリスが表彰台に叩き落してシャンパンのボトルを開けようとしたところ、その衝撃で台が揺れ、置いてあったフェルスタッペンのトロフィーが床に激突。破片が飛び散った。以下のInstagramの投稿を右に送ると動画を視聴できる。
ホンダは、自動車レースの最高峰「F1」に2026年のシーズンから復帰することを明らかにしました。 ホンダは、おととしに撤退していましたが、新たにレーシングチームの「アストンマーティン」にエンジンなどを供給する契約を結ぶことで合意しました。 発表によりますと、ホンダは2026年のシーズンからF1に参戦し、エンジンとモーターを組み合わせたパワーユニットをアストンマーティンに供給する契約を結ぶことで合意したということです。 チーム名は「アストンマーティン・アラムコ・ホンダ」となります。 ホンダは、1964年に日本の自動車メーカーとして初めてF1に参戦し、1980年代後半から90年代前半にかけて「マクラーレン」などにエンジンを供給して黄金時代を築いた歴史があります。 2015年に参戦したあとは、本業での脱炭素に向けて経営資源を集中するとして2021年に撤退していました。 ホンダは、2040年に、世
F1ドライバーとチームは、F1が今週末のエミリア・ロマーニャGPをキャンセルするという異例の措置をとったことを受けて、支持を表明した。 イモラ・サーキットで開催される予定だったエミリア・ロマーニャGPは、地元を襲った大洪水により中止となった。この中止はF2とF3にも影響を及ぼし、ジュニアカテゴリーのレースも行われない。3つのシリーズは来週モナコで開催されるレースで活動を再開する予定だ。 F1ドライバーとチームはF1エミリア・ロマーニャGPのレース中止を支持する声明を発表している。 マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング) マックス・フェルスタッペンおよびVERSTAPPEN.COMは、F1および地元当局によるグランプリの中止を支持します。また、エミリア・ロマーニャ地方で発生した大規模な降雨と洪水により被災されたすべての方々にお見舞い申し上げます。私たちは、この期間中、皆様の安全
22F1第8戦、アゼルバイジャンGP決勝。レースに臨むフェラーリのカルロス・サインツ・ジュニア(2022年6月12日撮影、資料写真)。(c)NATALIA KOLESNIKOVA/ AFP 【4月26日 AFP】フォーミュラワン(F1、F1世界選手権)は25日、スプリントレースの開催方式の刷新を承認し、今週末のアゼルバイジャンGP(Azerbaijan Grand Prix 2023)から適用することになった。 100キロの短期決戦であるスプリントは、2021年と2022年シーズンに3戦ずつ行われ、日曜日の決勝のグリッドを決める役割も担っていた。 しかし、今季予定されているスプリント6レースの初戦となるアゼルバイジャンGPからは、スプリントは独立したイベントとして土曜日に開催され、午前中に約30分の予選を行ってスプリントのグリッド順を決めることになった。スプリントの予選は「スプリント・シュ
現役F1ドライバー全員が集合して今年でF1から引退するセバスチャン・ベッテルの送別会を実施した。 4回のF1ワールドチャンピオンであるセバスチャン・ベッテルは、今週末のF1アブダビGPでのレースを最後にF1から引退。BMW ザウバー、トロ ロッソ、レッドブル、フェラーリ、アストン マーティンでの輝かしい 15 年間のキャリアに終止符を打つ。 F1アブダビGPのアクションがスタートする前日の11月17日(木)の夜、全20名のF1ドライバーが集まってディナーを囲み、セバスチャン・ベッテルを送別した。 GPDAの会長を務めるアレックス・ブルツは、このディナーを計画したのはルイス・ハミルトンであることを明らかにした。 「主催してくれたハミルトン、ありがとう。すべての GPDA メンバーが参加して、最も偉大な人物の1人、我々のディレクターの1人、そして、最終的には我々のスポーツ (セバスチャン・ベッ
2019年以来、3年ぶりに鈴鹿サーキットがF1に復帰した。ドライバーやファン、チーム関係者はこぞって歓喜・絶賛した。そして海外のジャーナリストはこの素晴らしいサーキットが失われないよう「戦わなければならない」とF1に警告した。 伝説的なジョン・フーゲンホルツによって設計された鈴鹿は1962年の完成以降、60年に渡って当時の姿を殆ど保ったまま数々の歴史を育み続けてきた。 Courtesy Of Honda Motor Co., Ltd 鈴鹿サーキット上空を飛行するホンダジェット、2019年10月13日に鈴鹿サーキットで開催されたF1日本GP決勝にて F1カレンダーの中で唯一無二の8の字型レイアウト、誰もが笑みを浮かべる高速のS字、デグナー、130R。ここでのグランプリレースの歴史と熱狂的なファン、そしてそんな彼らが作り出すこのスポーツに対する愛情が鈴鹿を世界最高のサーキット足らしめている。
セバスチャン・ベッテル(アストンマーチン)が35歳という若さにして偉大なるキャリアに終止符を打つ事を決めた背景には家族の存在があった。4度のF1王者は、もはやレースと私生活との両立は難しく、家族を優先させたいと説明した。 長年に渡ってSNSから距離を置いてきたベッテルは、引退発表の直前にInstagramのアカウントを取得した。その目的の1つは、自らの言葉でファンに引退を告げるためだった。 Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited ファンからの写真撮影の求めに応じるセバスチャン・ベッテル(アストンマーチン)、2022年7月3日F1イギリスGP アストンマーチンからは2023年のオファーがあった。望みさえすれば現役続行は可能であったが、ベッテルはその道を選ばなかった。 ベッテルはInstagramへの初投稿となった動画の中で「レースの傍ら、家族が増えた
ホンダF1は、レッドブルに知的財産権を譲渡せずに現在のエンジン形式のサイクルが終わる2025年まで日本でエンジン供給するよう契約を変更。この取り決めは戦略的なもので、次世代F1エンジンの開発においてレッドブル・パワートレインズにとって有利に働く可能性がある。 ホンダは2021年限りでF1から撤退。レッドブルはホンダから譲渡されたF1エンジンの知的財産権で独自の運用するためにレッドブル・パワートレインズを設立した。 当初の計画では、ホンダは、レッドブル・パワートレインズが軌道に乗るまで2022年はHRD-Sakuraで製造したF1エンジンをレッドブルに供給し、2023年にはレッドブル・パワートレインズがすべてを独自に行っていくとされていた。 だが、2023年からレッドブル・パワートレインズがホンダのF1エンジンの知的財産権を引き継ぐという計画は変更され、2026年に新しいエンジン形式が導入さ
元F1ドライバーのジャン・アレジ氏(2016年8月25日撮影)。(c)LOIC VENANCE/ AFP 【12月22日 AFP】(更新)元フォーミュラワン(F1、F1世界選手権)ドライバーのジャン・アレジ(Jean Alesi)氏(57)が、義理の兄弟の事務所の窓を爆竹で吹き飛ばしたとして2023年に裁判を受けると、検察が21日、AFPに明らかにした。本人は「悪い冗談」のつもりだったと話しているという。 地元の検察によると、アレジ氏は「家族同士のいさかいで、人に危害が及ぶ可能性のある手段による器物損壊罪」で軽罪裁判所での公判に臨む。アレジ氏の息子も、共犯罪に問われる見通しだという。 2人は20日午後から仏アビニョン(Avignon)の警察署で留置されていたが、現在は拘束を解かれている。 事件はアレジ氏の住むアビニョン近郊のビルヌーブレザビニョン(Villeneuve-les-Avigno
レースは2番グリッドのハミルトンが素晴らしいスタートを決め、一気に首位に浮上。しかしフェルスタッペンも諦めず、ターン6でハミルトンのインに飛び込んだ。ハミルトンは接触を避けようとコース外を通過し、首位のポジションを守った。 レッドブル陣営はハミルトンがポジションを下げるべきだと訴えたが、レーススチュワードは審議の必要なしと判断。ハミルトンは首位を快走し、フェルスタッペンとの差を広げていった。 フェルスタッペンは13周を走り切ったところでピットインし、ソフトタイヤからハードタイヤに交換。ハミルトンは翌周に反応し、ハードタイヤに履き替えてフェルスタッペンの前のポジションをキープした。 フェルスタッペンはこれで万事休すかと思われたが、ピットストップを遅らせたフェルスタッペンのチームメイトであるセルジオ・ペレスがブロック。この間にフェルスタッペンが、ハミルトンの1秒後方まで迫った。 ただフェルスタ
ホンダF1は、1983年にスピリットにエンジン供給するかたちで“第2期”をスタート。最終戦F1南アフリカGPでウィリアムズにエンジンを供給。1984年にホンダはスピリットを見限ってウィリアムズF1とパートナーを組み、第9戦F1アメリカGPで復帰後初勝利を挙げる。 1987年までのパートナーシップのなかで、ウィリアムズ・ホンダは1986年と1987年にコンストラクターズタイトル、1987年にネルソン・ピケのドライバーズタイトルを獲得した。 「フランク・ウィリアムズ氏ご逝去の報に接して、深い哀悼の意を表します」と山本雅史はホンダを代表して声明を発表。 「ウィリアムズ・レーシングとホンダは、フランク氏と本田宗一郎氏という、エンジニアリングに情熱を燃やし、勝つことにこだわった創業者によって成長を遂げ、1983年~1987年に5年間で多くの成功をともにしました」 「フランク氏は、一人の夢がチームを作
11月16日(火)、アルファロメオ・レーシング・オーレンは、アントニオ・ジョビナッツィが2021年末にチームを離れることになり、2022年シーズンは周冠宇を起用すると発表した。現在アルファロメオに所属するキミ・ライコネンは今シーズン限りでF1を引退すると発表しており、さらにバルテリ・ボッタス(現メルセデス)の加入も決まっていることから、2022年のアルファロメオはラインアップを一新することになる。 上海出身で現在22歳の周は、2015から2018年までフェラーリドライバーアカデミー(FDA)に所属していた。2015年にイタリアF4でランキング2位を獲得し、2016年から2018年まではヨーロピアンF3選手権に参戦。2019年よりルノー・スポール・アカデミー(現在のアルピーヌ・アカデミー)に加入し、同時にルノーF1の開発ドライバーに就任した。
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