ブコメにある「まずいと言う権利」とは一見もっともらしいが、差別構造の中でマジョリティーがマイノリティーに行使するそれは「権利」ではなく「権力」。星つけてる人らも、甘えていないでもうちょっと学んでくれ。 US_米国 移民・先住民・多民族 ヘイト 飲食 文化 インド 中国 人権・差別
日本が「輸出管理の問題」から半導体部品輸出の厳格化を打ちだすと、韓国はそれまで日本が呼びかけても無視していた二国間協議を慌てて持ち出したり、国際会議で議題にもないのに日本を非難するなど日韓関係は戦後最悪の状態にある。韓国をホワイト国から除外すると、韓国も日本に対して同様に報復措置。しかも、文在寅大統領ら政府高官たちが「経済戦争」を示唆したり、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄をちらつかせたりと日本からすると理解に苦しむことばかりだ。 【写真】拓殖大学国際学部教授の呉善花氏 そもそも「不可逆的で最終的に合意」したはずの慰安婦問題合意を一方的に破棄したり、1965年の日韓請求権協定で解決済みの元徴用工に対する慰謝料を支払うよう大法院(最高裁)が日本企業に命じたりと、国と国の間で交わされた約束を平気で反故にしてみたり、「法の不遡及」という概念さえない法治国家とはいえない。 どうして、
鹿児島県は未だに「男尊女卑がある」と言われる地域。そこで生活する女性たちは「被害者」扱いされることもあるが、鹿児島出身の私に言わせると、まったく逆だ。実は日本で一番、男社会での処世術を知っている女性は、鹿児島女性なんじゃないかと思うこともある。 私は鹿児島県南九州市の頴娃町というところで生まれた。すぐに横浜に移り住んだものの、両親も親戚もみんな生粋の鹿児島人である。私もきっちり文化を受け継いでいる。 九州の中でも、鹿児島県はとくに男が強い文化として有名。東京でこのことを話すと、「男尊女卑」だと後ろ指をさされることはザラである。 たしかに、男は家庭では何もしない。本当に何もしない。料理は運ばれてくるのを当然のように待ち、食事が終われば皿が下がるのを待ち、お茶を待つ。ありがとうは一言もない。父親をキッチンで見かけた記憶もほぼない。 親戚の宴会ともなれば、男女は別れて座る。男はどっしり上座を取っ
午前中外来、午後から病棟業務など。 夕方、仕事を終えて帰宅し、勉強会のための論文を読んでいたら、長男からのSOSで新居に出動。 忘れ物が多いのは困りものなのだが、小学生というのはこういうものなのか、それとも、この子の問題点なのか。 夜、蜷川幸雄さんの葬儀の様子をテレビで観ていたのだが、藤原竜也さんの弔辞にもらい泣きしてしまった。 藤原さんを見出したのは、蜷川さんだったんだよなあ。 いまや、日本映画界のクズ役を一手に引き受けている藤原さんのルーツが、世界のNINAGAWAというのも、ちょっと面白い。というか、「悪いヤツの役」をキチンとやれる人は、意外と少ないのかもしれない。エンターテインメントというのは、悪いヤツがちゃんと憎たらしくないと、成立しないのだ。プロレスでも、悪役レスラーの役割が大事なように。 稽古場で役者たちに罵声を浴びせたり、灰皿を投げつけたり、という蜷川さんのエピソードは、現
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