『平家物語』と近代日本 -創られた「国民叙事詩」- 大津 雄一/早稲田大学教育・総合科学学術院教授 『広辞苑』で『平家物語』を引いてみると、「軍記物語。平家一門の栄華とその没落・滅亡を描き、仏教の因果観・無常観を基調として、調子のよい和漢混淆文に対話を交えた散文体の一種の叙事詩」とある。しかし、「散文体の一種の叙事詩」というのは妙な表現である。詩は韻文であって散文ではない。散文体の叙事詩など存在するわけがない。だから「一種の」と断っているのだろう。どうしてこのような説明が辞書にあるのだろうか。 国文学の誕生 1889年(明治22)、『大日本帝国憲法』が発布され、翌年には選挙が行われて通常議会が招集される。日本は、まがりなりにも近代国家の相貌を整えたのである。一方、文明開化の熱気はすでに失せ、その反動として社会は保守化し、伝統への回帰が強まる。1889年、帝国大学文科大学(現・東京大学文学部