「言葉を交わせるかもしれない」淡い期待を抱き、私は奈良の病院に向かった。/文・北村滋(前国家安全保障局長) 北村氏2022年7月8日「悲報」——奈良県橿原市それは普段よりはむしろゆったりとした昼時であった。眼下に芝・虎ノ門の街並みを見下ろす赤坂1丁目、高層ビルの最上階、船橋洋一氏との昼食を待つ最中、その知らせは前触れもなく飛び込んできた。 「NHK速報 安倍元首相 奈良市で演説中に倒れる 出血している模様 銃声のような音」(11時44分) 目を覆いたくなるような不吉な知らせだった。さらに、「背後から散弾銃のようなもので撃たれた模様」「心臓マッサージ中 ヘリで搬送の予定」「銃器は押収済み」「被疑者を確保」といった断片的ではあるが、衝撃的な情報が次々ともたらされる。 正午前に船橋氏が現れると、着席する間もなくこの事態を告げた。平素は、冷静で論理的な彼には珍しく、「国家にこれ程大きな損失はない。