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地方創生と新潟に関するnagggのブックマーク (5)

  • “web3 × ローカル” ー山古志村が問いかける「ローカルDAO」の未来 |山古志住民会議

    みなさん、こんにちは。Nishikigoi NFT/山古志DAOのファウンダーチームです。Nishikigoi NFTの発行から一年が経ちました。 web3×ローカルのファーストペンギン事例として多方面から注目いただき有難い限りではありますが、一周年の今、ファウンダーチームとしてNishikigoi NFTおよび山古志DAOの現状分析と今後の展望について共有させていただきます。同時に、今後の展望に関しては、山古志DAOの構成メンバーであるNishikigoi NFTホルダーにその是非を問うためのエントリーとさせていただきます。 Nishikigoi NFTおよび山古志DAOについて初めて聞く方は、以下を参考にしてください。 デジタル村民がリアル村民の数を超える・デジタル村民(1,037名) ・発行量(1,470) ・フロア価格(0.22ETH) ・総取引量(82ETH) ・初期売上(41.

    “web3 × ローカル” ー山古志村が問いかける「ローカルDAO」の未来 |山古志住民会議
  • デジタル村民のススメ / 限界集落とNFTとDAO|山古志住民会議

    転換期を迎えた限界集落“人口800人の限界集落がNFTを発行した” “「デジタルアート×電子住民票」としてのNFT” 2021年末、急速に高まるNFTブームに便乗し、思いつきでNFTを発行したわけでもなく、消滅の危機に瀕した私たち「山古志村」にとって、それはごく自然な流れでした。 17年前、全村避難となった中越地震、行政区としての山古志村がなくなった市町村合併などを経験しながら、ありとあらゆる「村おこし」をやってきました。大震災からの復旧復興の感謝の想いを届けようと、地域の魅力の発信やインターン・地域おこし協力隊等の外部人材の受け入れ、地域資源を活用したイベントや体験コンテンツなどの受け皿をつくり、多くの方が山古志村に関わってくださいました。 それでも、人口は減りつづけました。 年々、人影が少なくなる限界集落を肌で感じながらも、私たちに芽生えたのは「変えてはならないもの、変わらなくてはなら

    デジタル村民のススメ / 限界集落とNFTとDAO|山古志住民会議
  • 人口800人の限界集落が「NFT」を発行したその後 |山古志住民会議

    限界集落「山古志」がNFTを発行してみてこんにちは。山古志住民会議の中の人です。 私たちが「800人+10,000人」の新しいクニづくりを目指し、山古志村のデジタル住民票を兼ねたNishikigoiNFT ”Colored Carp”を発行してから約2ヵ月。今日に至るまで各方面から賛否両論、様々な声をいただきました。 「あんな田舎の村が、NFT!?」 「はじめて購入したいと思ったNFT」 「自治体公認と言っているが、当に??」 「地方創生の文脈でも、一石を投じる取り組みなのでは。」 「ずっと応援してきているのに、疎外されたようで何だか悲しい。でも、応援している。」 「山古志」という限界集落から世界に目を向け、発行した10,000点のNFT。国内からの反響は、私たちの想像を超えるものでした。約40%の方が、はじめてのNFT購入者だったということ、私たちの取り組みに共感してくださる方、新たな

    人口800人の限界集落が「NFT」を発行したその後 |山古志住民会議
  • 世界初。人口800人の限界集落が「NFT」を発行する理由|山古志住民会議

    存続か消滅か、岐路に立つ限界集落「山古志」こんにちは。山古志(やまこし)住民会議の竹内と申します。私たちが暮らし、活動する山古志地域は、千年の歴史をもつ、新潟県の中山間地域にある小さな村です。平成の市町村合併を経て、現在は長岡市の一部となっています。冬は積雪量が3mになる豪雪地帯であり、平らなところがほぼない起伏の激しい地形、厳しい自然環境と共生してきた地域です。今では世界中に愛好家が増えている「錦鯉」発祥の地でもあります。 17年前、この地を中越大震災が襲いました。全村避難になるほど、壊滅的な被害をもたらし、「もうこの地に帰ってくることは出来ない…」と誰しもが思いました。しかし、私たちは「帰ろう山古志へ」というスローガンを掲げ、数年かけて再びこの地に戻ってきたのです。そのタイミングで、震災復興のために立ち上がった組織が、私たち「山古志住民会議」です。​​震災発生当時約2,200人いた地域

    世界初。人口800人の限界集落が「NFT」を発行する理由|山古志住民会議
  • フジロック直前、苗場の様子は…中止の去年は都会へ〝出稼ぎ〟も 地域の「経済と文化」との葛藤(withnews) - Yahoo!ニュース

    「3大ロックフェス」の一つとして知られるフジロックは今年、新型コロナウイルス感染防止対策を徹底した上で開催することを発表しました。「コロナ禍で開催する特別なフジロック」となった今年、期間中は数万人が訪れ、盛り上がりを見せる会場に暮らしている苗場の人たちはどのような思いで向き合っているのでしょうか。開催直前の新潟県湯沢町苗場を訪ねました。(ライター/吉野舞) 【写真】フジロック開催直前、苗場の様子 閑散とした町並み、退職した世代に人気の高層マンション フジロック1ヶ月前の苗場の様子苗場を訪れたのはフジロック開催の約1ヶ月前の7月。現地に行くのは、3年前のフジロック以来です。当時は、コロナ禍前だったので、どこのステージに行っても基「密」だらけ。ライブ中にダイブしまくったらTシャツが汗だくになり、夜になると体温を奪われ風邪を引いた思い出があります。 通常、フジロックの会場設備は2週間程度で組み

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