不良華族事件の第一報を報じた東京朝日新聞(1933年11月15日付) 不良華族事件(ふりょうかぞくじけん)は、1933年(昭和8年)に発覚した華族の恋愛・不倫事件。ダンスホール事件とも呼ばれる。これは上流社会に属する女性らが関わる性的なスキャンダルとして主要新聞に報じられ、登場人物には伯爵夫人や大病院の院長夫人なども含まれていたことで当時広く世間の耳目を集めた[1]。 事件の発端[編集] この事件は1933年(昭和8年)11月13日に赤坂溜池町で開業していた東京屈指の豪華な内装を誇るフロリダダンスホールの主任舞踏教師・小島幸吉が警視庁に検挙されたことに始まる[1]。東京朝日新聞(現在の朝日新聞東京本社)は同年11月15日付の朝刊でこの事件を報じた。 朝刊が報じるところによると、小島は「日本一の好男子」と自称して女優やダンサー、良家の娘、有閑マダムなど多くの女性と関係を持っていたといい、新聞