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Web論と共同体幻想に関するcrowserpentのブックマーク (6)

  • ulog.cc - ulog リソースおよび情報

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    crowserpent
    crowserpent 2012/03/07
    http://macska.org/article/270 と合わせて読むと、Facebook設立当初からの特質が日本でも受け継がれてるように思われて興味深い。/関連:http://d.hatena.ne.jp/mohri/20120405/1333642947
  • Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国=実名文化論』の間違い - macska dot org

    世界最大のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、Facebookが日(語圏)に進出してから二年がたった。よく知られているように、Facebookは実名での登録を前提としていることが特徴であり、「米国で人気の実名SNSが日社会において受け入れられるか」と話題になった。日で最も利用されているSNS・ミクシィも、かつては実名での登録を推奨していたが、個人情報や個人的な写真が流出するという騒ぎを経て、実名で利用されることはあまりない。日語版開始から二年たったいま、日在住のFacebookユーザ数も二〇〇九年だけで約三倍に増えたものの、国別ランキングでは上位三十位にすら遠く及ばず、米国の1%前後に留まっている。 Facebookが日で広まらないのは、当初から言われていたように、実名登録制が日のネット文化に合わないからである、という説明がよく聞かれる。なるほど、匿名を前提とする2

    Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国=実名文化論』の間違い - macska dot org
    crowserpent
    crowserpent 2010/06/09
    なるほどねー。「アメリカのWeb文化が実名文化」という物言いはどうにも胡散臭いと思ってたけど、背後にあったのは階層性だったわけだ。関連:http://ulog.cc/a/medtoolz/13883
  • 水村美苗+梅田望夫

    生きるために戦うのか? 生きるために守るのか? 生きるために迷うのか? この世界の象徴としての 山奥の地――デンデラ。

    水村美苗+梅田望夫
  • 坂のある非風景 傷の共有

    Author: M ペンを折ることさえ、ここではもう「別の手段による詩の継続」を意味しているにすぎないという宿命に、それからも耐え続けた。 freezingm▽gmail.com ■犠牲とはなにか。「他者の傷を癒すこと」である。他者というのは大文字の他者も含むので、いつもそこが問題になる。アメリカによって傷を負わされてきたイスラム諸国の傷を癒すためにムスリムは貿易センタービルに突入し、その事件で傷ついたアメリカ(の威信)の傷を癒すためにアメリカは国民から軍人をせっせと作りだしてアフガニスタンに侵攻する。ここにあるのは暴力に暴力で応じたという動物学的な、条件反射的な構図ではなく、犠牲に犠牲で応じるというあまりに心理学的な、人間的な構造だった。 ■そして犠牲について考えることから行き着くのは「傷の共有」といった問題である。ここでは大胆に、その傷の共有こそがイデオロギーの基盤を形作るのではないか

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    crowserpent 2007/06/15
    日本とアメリカのブロゴスフィアの違いに見る、「意見表明」の持つ意味の差について。
  • 人格表象の統合的把握を妨げる匿名空間の性質と、それによって誘導される人格形成上の問題及びコミュニケーション上の問題に関する懸念 - シロクマの屑籠

    匿名者は、良いことをしたとしても無名のままで、酷いことをしたとしてもやはり無名のままだ。彼らは第三者から弁別可能な人格も表象も獲得されないので、応報戦略も通じないし、相手を貶め返すことも出来ない。匿名投稿者は何らかの人格・ハンドルネーム表象を纏って捉えられないため、人と人との関係性の蓄積を期待できる存在ではない。この点、コミュニケーションの対象として匿名者は(目の前にいる他者、と比較した場合にだが)不完全な存在として現われる。個々の発言に対して罵倒や釣りや賞賛を行うことはできるけれども、私は匿名者*1個人に対して何らかの人格表象を獲得することが出来ない。 この匿名性のメリットとデメリットに関しては、様々の意見や視点があるだろうし、これまでにも多くの人達によって十分に討議されてきたわけだけれども、この、人格表象を捉えられない・蓄積できないことに関連するであろう、或る危惧について考えてみたい。

    人格表象の統合的把握を妨げる匿名空間の性質と、それによって誘導される人格形成上の問題及びコミュニケーション上の問題に関する懸念 - シロクマの屑籠
    crowserpent
    crowserpent 2007/02/13
    「ウェブ人間論」で平野啓一郎が懸念していた問題と近い。2ch的「匿名空間」がWeb文化独自のものでなく、都市文化の反映であるという指摘は重要。
  • 404 Blog Not Found:ゾウの秩序、ネズミの秩序

    2007年01月18日22:30 カテゴリCode ゾウの秩序、ネズミの秩序 以下までは禿同しながら読んできたが、 池田信夫 blog 自生的秩序 だから制度設計でもサービスの設計でも重要なのは、なるべく意思決定をユーザーにゆだね、自由に改造できるようにすることだ。 以下を見て突っかかってしまった。 池田信夫 blog 自生的秩序 もちろん、2ちゃんねるのようなアナーキーに転落しないように最小限度のルールを設定する必要はあるが 問題は、その最小限度のルールというのが一体何か、だからだ。 そうして考えていた結果が、以下の結論。 秩序を維持するのに必要なルールセットは、その秩序が支配する組織のサイズが大きくなるほど大きくなる。 2chを潰そうという動きがなぜ起きるか? 2chが無秩序だからではない。2chの規模に対して、ルールセットが過小だからだ。 もし2chのユーザーが「1000万人」ではな

    404 Blog Not Found:ゾウの秩序、ネズミの秩序
    crowserpent
    crowserpent 2007/01/18
    2chが2chとしてまとまっている意味について。
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