韓国と北朝鮮を隔てる軍事境界線沿いの非武装地帯(DMZ)近くで、父親の解放を求めるメッセージが書かれたプラカードを持つファン・インチョルさん(2019年12月8日撮影)。(c)AFP/Ed JONES / AFP 【12月9日 AFP】1969年12月11日、北朝鮮の諜報(ちょうほう)員が大韓航空機をハイジャックし、北朝鮮の首都平壌に向かった。この飛行機に乗っていたファン・インチョル(Hwang In-cheol)さんの父親は二度と韓国には戻ってこなかった。この出来事が、ファンさんの人生を決定づけた。 事件が起きた時、ファンさんはまだ2歳だった。そのため、父親の姿は写真を通してしか知らない。だが、ファンさんは大人になってからの大部分を父親の帰国を訴える活動に費やしている。 韓国のテレビ局文化放送(MBC)のプロデューサーだった父親のフォン・ウォン(Hwang Won)さんはその日、出張のた