米ニューヨーク大学医学部は、現役と未来の学生全員について授業料を免除する奨学金を提供すると発表した。医学部生が「膨大な」借金を抱える可能性があるためとしている。
膵臓がんの手術を受け、治療を続けていた沖縄県の翁長雄志知事が8日午後、入院先の病院で死去した。辺野古新基地建設の阻止を最大の公約に掲げ、歴代の知事の中でも高い県民支持率を背景に、米軍普天間飛行場の辺野古移設を推し進める国と鋭く対立してきた。政治家としての翁長氏を写真で振り返る。 沖縄戦から5年後の1950年、那覇市に生まれた。父助静(じょせい)さんは旧真和志市長を務め、兄助裕(すけひろ)さんは西銘順治知事時代に副知事を務めるなど政治家一家に育ち、復帰前から保革の激しい対立を見て育った。 政治を志したのは小学6年の時だ。父・助静氏が立法院議員選で敗れ、母の和子さんに「お前だけは政治家になるなよ」と抱き締められた日。後に「父の背中を見て決意した幼きあのころの夢を追い求め、政治の門をくぐった」と振り返っている。 そんな翁長氏の政治家としての歩みは那覇市議選に初当選した1985年に始まる。 那覇市
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長。北朝鮮国営の朝鮮中央通信提供(2017年12月23日撮影、24日公開)。(c)AFP PHOTO/KCNA VIA KNS 【3月30日 AFP】北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)朝鮮労働党委員長は、父の後を継いでからの6年間で国内における自身の権威を確立し、北朝鮮をこれまでに例のない核の高みに押し上げた。そして今、国外でその力を振るおうとしている。 【写真特集】視察する北朝鮮の指導者、金正恩氏 自身が権力の座に就いてから中朝関係はぎくしゃくしていたが、金氏は今週、北朝鮮の昔からの支援国・中国を電撃訪問した。金氏が指導者の地位に就いてから、国外の地に立ったとされるのは初めてだ。 これまで、金一族の3代目の正恩氏は、祖国を離れることなく、世界の舞台に並外れた足跡を残す能力を繰り返し見せつけてきた。30代半ばの金氏は、
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