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日本的なるものと場の空気に関するkiku-chanのブックマーク (6)

  • 日本はハイコンテクスト文化な社会

    ultraviolet @raurublock ハイコンテクストと言えば、私の実家の近くに「女子高前」とか「公園前」とか言った固有名詞無しで普通名詞のみのバス停が多数あることについて、私のは「ハイコンテクストなバス停名」と表現していた 2011-01-24 11:26:20 ultraviolet @raurublock それはさておき、ハイコンテクスト文化な社会において重要となるのは、自分の思いついた新しいアイデアを相手に伝えることよりも、既存のコンテクストから外れずに「うまく」振舞うことだと思われる。コンテクストを踏み外すと村八分される。 2011-01-24 11:28:58 ultraviolet @raurublock 「会社の利益の源泉は、究極的には未だ知られていない/普及していない知識や物を広めるという点にある」というのは、資主義来の姿を考えればその通りだと思うのだけど

    日本はハイコンテクスト文化な社会
  • 重なりあうコミュニティの空気とパブリックな空間のルール - アンカテ

    SIerというのは、もともと、特定の組織の中で使うコンピュータシステムを開発する会社だった。だから、SIerにとってのお客様は、システムのユーザではなくて、システムのオーナーだ。 その原点から考えると、このプレスリリースが少しだけ理解できる。 弊社「図書館システム」について | MDIS 弊社が納入しております図書館システムの一部で、大量アクセスによりつながらない、またはつながりにくい状態が発生し、ご導入いただいた各図書館様ならびに一般利用者の方にご心配をおかけいたしました。 弊社システムご利用の図書館様に現在、弊社営業窓口より個別にご説明、ご相談させていただいております。 弊社は、操作性や利便性の向上とともに、インターネットを含めた利用環境の変化への対応など、より信頼性の高い製品作りに今後とも努めて参りますので、何卒宜しくお願い申し上げます。 企業が最初に目を向けるべき相手は顧客であり、

    重なりあうコミュニティの空気とパブリックな空間のルール - アンカテ
    kiku-chan
    kiku-chan 2010/09/17
    確かに、日本の商習慣の中で生活していくとなると「パブリック」の概念よりも、「場の空気」が優先されることが多いよなあ。採用活動でブラックなことをする企業も同じ感覚なのだろう
  • 日本はあらかじめ『意見の正当性』が『空気』『世間』によって決められており、そこから外れた意見は『意見』として考慮されない社会なので、オタクは常に負けを確約されている - 世界のはて

    こういうときこそ2次元オタは内向きの討論をそろそろ卒業すべきじゃないのか? http://plaza.rakuten.co.jp/fantag/diary/201003160000/ 心情的には同意見だし、僕個人も今回の件で、初めて都議会議員に電話で意見陳情したり、メール送ったりしてなかなか面白い経験になったけど(参照)。 日は 「みんなが自由にモノを言い合い、『多数派』や『正論』が民意を獲得する社会」 じゃなくて、 「あらかじめ『意見の正当性』が『空気』『世間』によって決められており、そこから外れた意見は『意見』として考慮されない社会」 だから、難しい。 ここ日では、現状オタの主張は「正当な意見」と世間的に認められていないので、オタが立ち上がって自らの意見を主張したとしても、何を言っても「オタキモい」で終わらされるのがオチ。これが解っているからこそ、これまでオタは世間から隠れて日陰者

    日本はあらかじめ『意見の正当性』が『空気』『世間』によって決められており、そこから外れた意見は『意見』として考慮されない社会なので、オタクは常に負けを確約されている - 世界のはて
    kiku-chan
    kiku-chan 2010/03/18
    くわえて、反知性主義が大手をふるっているもんなあ。アカデミックな内容に少しでも触れるとオタ認定されるよな
  • 54. 「そんなの知らない」と誇らしげに言う人たち。 ~「下から目線」と「負の教養主義」(2):日経ビジネスオンライン

    日直のチノボーシカです。 前回、下から目線の人たちの「負の教養主義」について予告しておいたとおり、その話をさせてもらおう。 ドイツ哲学やクラシック音楽や世界文学の名作や近代美術といったものを背負った「旧・教養主義」は、大正時代に誕生し、その後少しずつ性格を変えながら昭和初期に拡大、第2次世界大戦後も昭和30年代までは元気だった。1960年代の学生運動の盛り上がりと終焉は、いわば教養主義の自己解体作業だった。1980年代半ばの「ニューアカデミズム」を、旧・教養主義の最後の輝きと位置づける論者もいる。 旧・教養主義が退潮すると、1970年代には「サブカルチャー教養主義」と「負の教養主義」が若者の文化を牽引する。

    54. 「そんなの知らない」と誇らしげに言う人たち。 ~「下から目線」と「負の教養主義」(2):日経ビジネスオンライン
    kiku-chan
    kiku-chan 2009/11/25
    お、猫猫先生(id:jun-jun1965)が引用されている/洋楽中心に音楽を楽しんでいるが、会社の先輩に「普通の音楽を聴かないの?」と聞かれ、普通とは何かと問い返したら「モー娘。」とかえってきたのは良い思い出
  • 私達って物事あいまいにしておくの案外苦手じゃない? - 発声練習

    半径5mの話でごめんなさい。ここ一、二年ずっともやもやしていたんで愚痴らせて。 日人ってよく物事をあいまいにしておいて、白黒はっきりさせるのが嫌いと言われるけど、どうも私の感覚とは合わない。私はむしろ日人は物事をあいまいなままにしておけない、白黒はっきりさせるのが異様に好きという気がしてならない。特に集団のとき、それが顕著なように思う。 私は、私達日人は、ある事柄について判断しなければならなかったとき、必ず白と黒(良い、悪い)に分けてしまう傾向があるのではないかと思う。現実は結構複雑なので、ある事柄のある側面については良い、別の側面においては悪いと一つの事柄について白とも黒ともつけられないグレーの状態があるはずなのに、どうもかっちりと白黒つける。品偽装、政治問題、経済問題、労働問題、教育問題。いつも、悪役がいて、そいつを倒せば世界がよくなるみたいな感じを受ける。背水の陣好きもこれと

    私達って物事あいまいにしておくの案外苦手じゃない? - 発声練習
    kiku-chan
    kiku-chan 2009/02/23
    話がそれますが白か黒かはっきりさせちゃう言わばレッテル貼りの状況に危険性を感じて、「ちょっとまって、結構それってグラディエーションなグレーじゃない?」とか言うとKY扱いされません?
  • ロー・コンテキスト社会 & ハイ・コンテキスト社会:永井経営塾:オルタナティブ・ブログ

    米国社会では、日社会では暗黙知として既に共有していることを、後になって新しい発見したかのように取り上げることが多いような気がします。 日(7/26)の日経済新聞夕刊「ウォール街ラウンドアップ 短期利益主義に批判」という記事で、その一例が紹介されていました。 この記事では、全米アナリスト協会と「企業倫理に関するビジネス・ラウンドテーブル」が発表した「短期利益主義の打破」というレポートが紹介されています。米国企業で慣例となっている四半期毎業績予想の弊害を説く内容で、四半期予想が株価の変動率を高めている、と指摘しているとのこと。 このレポートは読んでいないので安易なことは言えませんが、記事の内容を見る限り、四半期毎予想がよいことばかりではない、という結論は日人は以前より皆なんとなく感じていたことだと思います。 日では、会社は短期の利益を追いかけるべきではなく、長期的な視野を持って発展を

    ロー・コンテキスト社会 & ハイ・コンテキスト社会:永井経営塾:オルタナティブ・ブログ
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