老いて恨みに思うこと 老いを侮っていた。 意識したのは高齢者の仲間入りをした二年前からだった。 その時点では、 (いよいよ自分も高齢者か) そのくらいにしか考えていなかった。 ところが老いは不可逆で加速的だった。身体のあちこちが劣化し始め、今では杖に頼らなくては歩行もできない。腰痛は長時間座る必要がある仕事のせいでもあるが、それ以外にも劣化している箇所は多くある。 先ず足腰が弱り、眼がかすみ、耳が遠くなり―― 順番は人によって違うだろうが、その三点が老いの現れなのだろう。 しかし私にはそれらよりはるか以前、齢五十を超える前から劣化している部位があった。幸い離婚歴のある私は四十歳半ばから独身を続けており、その部位の劣化を気に病むことはなかった。そのまま徒に齢を重ね、まさか高齢者になってから、その劣化に悩むことになろうとは思ってもみなかった。後悔先に立たずというべきであろうか。勃たないことを、