春は何かを始めるのに、いい季節です。京都府京丹波町の菅原研治さん(50)から、こんなファクスが届きました。 〈4月から大阪の学校で福祉学科の非常勤講師として、お世話になります〉 菅原さんは、高齢者や障害を持つ方への介護サービスなどを行う「サムライ」というNPO法人の理事です。 それにしても「サムライ」とは、福祉系の団体名にしては変わっています。理由は、後半に記された異色の経歴を読んでわかりました。 〈私は15歳で芸能事務所に入り、時代劇の『水戸黄門』や『遠山の金さん』に浪人役などで出演してきました〉 役者さんだったのです。でも、なぜ芝居から福祉の世界に? これはもう会って伺うしかありません。 「時代劇のほかには、Vシネマの『ミナミの帝王』に組幹部の役で出演したこともあります。全部、脇役、悪役ですけどね」 そう言って笑う菅原さんは、身長1メートル82、体重100キロ。「組幹部」役も適任な体格
夏休み期間を利用し、中高生にがんについて正しい知識を身に着けてもらおうと、講座「がんについて知ろう!」がシリウスで開催された。シリウスを運営する「やまとみらい」は開館以来、市立病院とともにがんに関する講座を定期的に開いており、施設の特長を活かした新たな取り組みとしても期待がかかる。 がんは怖くない 講座は、大和市立病院の小児科医長・植田晶子さんが講師を務め、事前に申込んだ中高生の他、当日、シリウスを訪れた小学生も参加して行われた。 植田さんは、がんについての知識を、選択式のクイズ形式で紹介。早期発見ならば生存率が高い一方で、健診の受診率が低いことなど、がんを取り巻く現状をわかりやすく説明した。自らが初めて担当した小児がんの子どもが、現在は社会人として頑張っているエピソードを話し、「がんは決して怖い病気ではない」と力強く語った 市内在住で海老名高校2年の松竹美咲さんは将来、病院での勤務を希望
自殺を予防するため、講習や勉強会などの研修を院内で行ったことがある一般(総合)病院(精神科病床なし)が11%にとどまることが、病院団体の調べで分かった。患者の中には、身体症状の悪化などから自殺を図るケースがあるとみられ、対象の病院の19%で過去3年間に入院患者の自殺例があった。専門家は病院全体で自殺防止に取り組むための研修の必要性を指摘している。 公益財団法人「日本医療機能評価機構」(東京)から一定の医療水準を満たしていると認定された医療機関の有志で構成する「認定病院患者安全推進協議会」(約1400病院)が、会員病院を対象に2015年9~10月、アンケートを配布し、分析結果をまとめた。回答率は38.4%。
『子どもと一緒に知る「がん」になるってどんなこと?』(1400円+税/セブン&アイ出版)※記事中にある書影をクリックするとamazonの紹介ページにジャンプします がんの知識も患者の気持ちもわかる! 今や、2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなる時代である。毎年約100万人ががんになり、そのうち約60万人ががんを克服するという、もはや“がん=死”ではなく、がんを抱えて長く生きる時代なのに、「がんのことは、知っているようで知られていないことが多いように思われます」という林先生。 がんの話題といえば、ワイドショーなどで有名人の闘病や死ばかりが取り上げられ、“がん=つらい、こわい”というイメージから抜け出せず、誰もが“自分だけはがんになるはずがない”と思っている、と語る。 「病院で、がんを告知しなければならない機会が数多くありますが、ほぼすべての方が“なぜ私ががんに!?”と、頭を抱えら
がん患者が安心して暮らすことのできる社会の構築などを盛り込んだがん対策基本法の改正案について、全国の患者団体で作る組織が4日、都内で緊急の会見を開き、今の国会で審議し早期に成立させてほしいと訴えました。 この改正案について、全国31のがん患者の団体で作る「全国がん患者団体連合会」は4日、都内で緊急の会見を開き、先の通常国会では提出が見送られ、今の国会でもまだ審議入りしていないと指摘したうえで、速やかに審議を開始し、早期に成立させてほしいと訴えました。 連合会の天野慎介理事長は「患者の命や生活を左右する重要な法案が、政治の状況で後回しにされることはあってはならない。がん患者や家族のために一日も早く成立させてほしい」と話しています。
瀬戸内市沖の長島にあるハンセン病国立療養所「邑久光明園」(同市邑久町虫明、入所者116人)に、整備が進められていた「社会交流会館」が完成し、17日にオープン記念式典が行われる。新たな交流の場を目指し、同島内の「長島愛生園」などと進める世界遺産登録運動への盛り上げにも期待している。 同会館は、鉄筋2階建て約800平方メートルでメインは1階資料展示室。明治42年に前身の公立ハンセン病療養所「外島保養院」が大阪市西淀川区に開所して以降、今日までの歴史を時系列にたどる構成とした。 外島保養院は昭和9年の室戸台風で壊滅的な被害を受け、13年に長島へ移設。施設名も改称された。当時から保存される看護師長の肖像画や、犠牲者の合同供養碑も展示ケースに収めた。 特効薬「プロミン」の使用開始(23年)▽「らい予防法」制定(28年)への改正運動▽本土側を結ぶ人間回復の橋「邑久長島大橋」開通(63年)▽今日の平穏に
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