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精神医療と名文に関するkabutomutsuのブックマーク (2)

  • REDDY:エッセイ

    REDDY 多様性の経済学 Research on Economy, Disability and DiversitY 私たちが救護施設に出会うまで 第7回 小林エリコ と子供を事故で失い、アルコール依存症になった僕 僕の父親はアル中だった。 黄桜の一升瓶を片手にぐびぐびと喉を鳴らす。 酒が切れると、五千円札を寄こしてこう言った。 「それでつまみと酒を買ってこい」 父から投げつけられたお金を手にし、リュックに空になった酒瓶を背負い、商店街に向かう。お総菜屋さんに行き、父が好んでべているジャンボシューマイを買った。 それだけでは満足してくれそうにないので、商店街をうろついていたら魚屋のおじさんが声をかけてきた。 「タカちゃんじゃないか。何を探してるんだい?」 僕はなるべく元気に答えた。 「お父さんのおつまみを買いに来たんだ」 そういうと、おじさんはケースからカニを取り出した。 「これなん

  • Vol.06 69回目の終戦記念日に寄せて | 東京都立 松沢病院

    2014年8月15日、日は69回目の終戦記念日を迎えました。69年前、成人として8月15日を迎えた人は、今年、89歳を超えているという計算になり、兵士として太平洋戦争を戦った経験のある人はとても少数になりました。1988年に私が認知症の治療を始めたころ、外来受診する男性の患者さんの多くは、兵役の経験を持ち、南方で、あるいは中国での従軍体験を持っていました。それから20年以上が経過した今日、認知症外来を受診する患者さんが語る戦争体験は、集団疎開であったり、親に手を引かれて逃げ惑った空襲の体験であったりして、前の世代が持っていた戦争体験とは明らかに質の異なるものになっています。私は今年62歳ですから、これからの患者さんは、戦争体験どころか、戦後の苦しい時代の経験さえ、実体験として記憶していない世代になっていくのでしょう。 1952年生まれの私にとって、太平洋戦争は決して、遠い昔の歴史の教科書

    kabutomutsu
    kabutomutsu 2018/08/23
    わたしごときが言うのもおこがましいが、いい文章だった。ここ→"1945年7月12日:・・・最近は患者の遁走続出、結局食い物に困って帰宅するところを捕縛" はちょっと笑ってしまった
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