「彼の祖父は、建築関係の人夫出しの仕事をしていました。約15年前、生活保護者の入居ホームを運営して財を成し、今では総資産100億円を超える企業グループに成長している。跡継ぎである陽太の父は、グループの中核企業をいくつも経営する資産家です。JALのCAだった妻との間に4人の子供がおり、陽太は自慢の長男でした」 祖父の口癖は「一番欲しいものは学歴」。そんな祖父の願いは、孫たちを難関校に進学させ、官僚や政治家にすることだった。期待を背負った渡邉は、千葉市内の国立大付属小学校に入学。その後、中高一貫の私立校に進学した。だが――。 「教室で友達の椅子を引いて倒したり、足を引っかけて転ばせたり……。親は3年間で30回も学校から呼び出され、そのたびに相手の親御さんに謝りに行ったわけ。そして高校進学後、2カ月で退学になった。それからスイスに留学して女性問題を起こして追い出されて、ニュージーランドへ渡った」