古いラジオと固定電話、そしてEメールアドレス。ケルン氏と外の世界をつないでいるのはそれだけだ。中国籍の夫人の言葉を借りれば、ケルン氏は哲学の世界にどっぷり浸っている。隠居してもう20年、この地で静かにのどかな余生を過ごすはずが、人生をゆるがす嵐のような事件がおこった。 イゾ・ケルン氏は中国では耿寧(ゴン・ニン)という名で知られる有名な哲学の大家だ。明代の儒学者、王陽明(1472~1529)の研究に生涯を捧げている。長年の研究でケルン氏は東西の哲学に橋を架けた。その橋は大きくゆるぎない、輝くようなライフワークだ。 フッサールの速記を解読2022年7月、香港からクラッティゲンにカメラクルーがやってきた。イゾ・ケルン氏を主役に、「The Hanologist(中国学者)」というタイトルのドキュメンタリーシリーズを撮影するためだ。「これほど著名な学者が近所に住んでいることを、村の人たちはこのとき初