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中條氏は、陸軍士官学校(60期)時代に終戦を迎え、その後、旧制松本高校(現信州大学)、学習院大学で学んだ後、朝日麦酒(現アサヒビール)に入社され、常務取締役営業本部長として「アサヒスーパードライ」作戦による会社再生計画で大成功を収めた方である。その後、アサヒビール副社長、アサヒビール飲料代表取締役会長などを歴任された。私が出会ったのは3年前で、日本戦略研究フォーラムの会長としてであった。 陸士入学、共産党入党の共通点とは 中條氏とはいろいろな話をしたが、いちばん嬉しかったのは、「君が共産党に入党したのも、私が陸軍士官学校に入ったのも、思いは同じだ」という趣旨の話をしていただいたことだった。 私は1966年に18歳で共産党に入党したのだが、当時、「自分は何のために生まれてきたのか。自分など社会にとって不要な人間ではないのか」などと自分の存在意義を見つけることができず悶々としていた。そんな時に
この考え方が、その後のカイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ条約、東京裁判へと引き継がれていくのである。戦後レジームの中核をなす憲法ももちろん、この延長線上にある。 これらを通じてアメリカがもっとも重視してきたのが、日本の過去は道徳的に悪い国家であり、民主主義のない遅れた社会だったということを日本国民に認識させることであった。このアメリカの思惑は、見事に成功を収めたのである。 日本に平和をもたらしたのは憲法9条なのか 護憲論者は、憲法9条こそが日本に平和をもたらしたと言う。だが、本当にそうだろうか。 平川祐弘東大名誉教授は、『日本人に生まれて、まあよかった』(新潮新書)という著書のなかで、「敗戦国日本は昭和二十一年十一月三日に公布された憲法によって自国防衛の力をもつことを放棄させられました。そればかりではありません。武力を持つことが疾(やま)しいことのように私たちは教育されてきました。
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