だがそれは、ポツダム宣言の内容をすべて正しいものとすることとは、おのずから別である。ポツダム宣言は、しょせんは勝者による敗者への宣言である。両者が協議して決めた内容ではない。そこには往々にして勝者の驕りや一方的な見解が入っていても何の不思議もない。そういうものである。 例えば志位氏が持ち出したポツダム宣言第6項の「世界征服の挙に・・・」というのは、明らかに不正確である。確かに日独伊防共協定を締結してはいたが、これが強力な力を発揮するようなことはなかった。日本で言えば、泥沼化していた日中戦争の局面打開、ドイツで言えばソ連軍の東西分断、イタリアで言えば、ヨーロッパ内での孤立解消など、それぞれが危機的局面の打開から行ったものであり、「欧州における新秩序建設」「大東亜における新秩序建設」などをうたってはいたが、大言壮語の類に過ぎなかった。 同じ帝国主義国家として、米英仏などに比べて植民地の少ない日