カンボジアの首都プノンペンで7月24日、1人の男が覚せい剤所持で逮捕された。カンボジアのメディアは翌25日、「プノンペン中心部の繁華街で、不審な動きをしていた日本人デザインエンジニア・ハタムラ・ユウイチを拘束し、所持品から覚せい剤の小袋2つが発見された」と一斉に報じた。しかしFNNが日本大使館に確認したところ、意外な返答を得た。 男は日本人ではなかった 「日本人逮捕」と報じるカンボジアメディア この記事の画像(3枚) 日本人逮捕の一報を受けて、日本大使館の担当者はすぐに本人に直接面会した。その結果、男は日本人ではないことが分かったという。しかしカンボジアメディアも、カンボジア警察も「逮捕されたのは日本人である」と信じ切っている。 なぜこのようなことが起きているのか。FNNは更に警察関係者に連絡し、情報の真偽を確かめたところ、男が逮捕時に嘘をついていたことが判明した。 逮捕された男は韓国国籍
サッカー元日本代表の本田圭佑(32=メルボルン・ビクトリー)に世界最大級の国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下、HRW)」(本部・米ニューヨーク)が“重大懸念”を突きつけた! 同団体は17日、全世界に向けて書簡を発表。その中で、本田がカンボジアサッカー協会と手を結び、GM兼実質的な代表監督を務めている状況に重大な懸念を表明した。実は、カンボジアサッカー協会の会長は独裁が続くフン・セン政権の中核をなす人物。すでにHRWは米政府に同会長を含む政権中枢への経済制裁を働きかけており、本田の今後のビジネス活動に影響を及ぼす可能性が出てきた。 HRWは1978年に設立され、全世界90か国以上で、その国の人権状況を調査・モニター、政策提言する世界最大級の人権団体だ。97年には運動に関わった「地雷禁止国際キャンペーン」でノーベル平和賞を共同受賞している。 17日に発表された書簡では、本田につ
羽田発の日本航空(JAL)機は那覇、高雄(台湾)上空を通過して南シナ海を横切り、ホーチミン市(ベトナム)のタン・ソン・ニャット国際空港に直行する。 深夜に羽田を発った乗機は、かすかに明るくなる朝方に南シナ海上空を飛ぶ。ここでは中国が複数の岩礁を埋め立て、軍事拠点化しようとしており、ベトナムやフィリッピンなどと争っている。 「場合によっては・・・」などとあらぬ思いが浮かび、眠気まなこながらも救命胴衣に目をやったりしているうちに着陸態勢に移った。 アンコール遺跡群のあるシェムリアップへは、アンコール航空のフライトアテンダントに合掌の挨拶で迎えられて飛んだ。高度を下げるにしたがって、トンレサップ湖周辺の河川が目に入り、水上生活者と思われる家や船らしきものが見えてきた。 アンコール・ワットは独立した1つの寺院であり、アンコール・トムは王宮や多数の寺院を包含した寺域で、カンボジアの国家的重要行事が行
タイ・NBT(タイ国営放送局)での「ABUデジスタ・ティーンズ」の本番収録まであとわずか、というタイミングで、番組のとりまとめをしているNHKからスタジオ収録の構成に関する相談が入った。 今回、「Future(未来)」という共通コンセプトでアジア7カ国の代表が創った作品をスタジオで披露し、その撮影の裏話などを聞きながらスタジオ展開させ、各部門の優秀賞を発表するというのが収録のおおまかな内容である。 スタジオ演出の変更でNHKが望んだこと そもそも10月に東京で開かれたプロデューサー会議で、カンボジア代表チームの登場シーンでは、コマ撮り作品の中に登場する粘土で作ったキャラクターや背景をスタジオに持ちこみ、創作の工夫などをその場で語ってもらうことになっていたそうなのだ。 ところが、カンボジア代表チームに聞いてみたら、紙粘土で作ったキャラクターは乾いてボロボロになってしまい、創作が終わった今とな
イオンモールのグランドオープン式典には在カンボジア駐日大使をはじめ、日本の岸田文雄外務大臣、イオンの岡田元也社長も参席。この後フンセン首相も参席し、各々がスピーチを行った その数は軍報道官の意思表明後の1週間だけで15万人を超え、その後もさらに増え続けた。タイ国境のカンボジア通関・物流が機能不全に陥るであろうことは、もはや誰の目にも明らかとなった。 事実、予定では届くはずであった物資が届かず、という理由で開店準備が大きく遅延するテナント業者も続出することになる。 物流以外にも諸理由が存在したはずだが、結果的に6月20日の内覧会にオープンを間に合わせられたテナントは全体の20%程度にとどまった。 その後予定していたソフトオープンは取りやめとなり、6月28日のグランドオープンまでモールをクローズせざるを得ない事態となった。 物流はASEAN経済共同体実現のアキレス腱? ASEAN域内に人口6億
カンボジア北西部、タイとの国境の街ポイペト。カンボジアとタイをつなぐ主たる陸の玄関口とはいえ、普段はカジノを楽しみに来るタイ人や陸路を旅するバックパッカー集団が通る程度の小さな国境の街である。 その小さな国境検問所に、6月中旬から7月にかけてカンボジア人が殺到、その数は2週間程度の間に20万人をゆうに超えたとも言われる。2006年9月以来となるタイのクーデター勃発の影響により、タイから逃げ戻るカンボジア人が大挙して国境に押し寄せる事態となったのだ。 8年ぶり19回目と、ある意味“クーデター慣れ”していると揶揄されるタイ国内では、前回の反政府デモの際の空港封鎖のような大きな混乱を招く事態にまでは発展しないまま今日に至る。 だが、意外なところで直接あおりを受けたのが、6月28日に隣国カンボジアの首都にグランドオープンした「イオンモールプノンペン」だ。 タイのクーデターでアジア最大規模のイオンモ
カンボジアの首都プノンペンに来ている(5月29日記)。気温は36度と、うだるような暑さである。ちょうど真夏の季節だ。旅の3日目というのに、すでに頭が少し朦朧としている。 タイで突然起きたクーデターのせいで、バンコク経由のフライトを諦め、シンガポール経由で首都プノンペンへと到着した。プノンペンの市街は、大型の四駆とバイクであふれていて、ずいぶん平和な風景が拡がっていた。 今回の訪問は、カンボジアの知識人たちと、最近の中国との緊密な関係や、ますます激化する南シナ海問題について意見交換をするのが目的である。 アジアの友人たちからは、「カンボジアはもう中国の影響下にどっぷりとつかってしまっているので、どうしようもない」と、さんざん聞かされてきたこともあって、カンボジアの人々が日本人を前にしてどんなふうに話を切り出すのか、天の邪鬼の筆者には、むしろ募る興味を抑えての訪問となった。 日本をはるかにしの
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