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訃報と沖縄に関するEreniのブックマーク (9)

  • 元毎日新聞記者の西山太吉さん死去 91歳 沖縄返還密約追及 | 毎日新聞

    沖縄返還交渉に伴う密約文書を入手、報道し国家公務員法違反に問われながらも、情報公開請求訴訟などを通じて密約問題の追及を続けた元毎日新聞政治部記者、西山太吉(にしやま・たきち)さんが24日、心不全のため死去した。91歳。葬儀は近親者のみで営む。喪主は長男正人(まさと)さん。 山口県下関市出身。慶応大大学院修了後の1956年、毎日新聞社に入社。外務省を担当していた71年、沖縄返還に伴い米国が支払うべき軍用地原状回復補償費400万ドルを、日が肩代わりする密約を記した電信文を同省の女性事務官から入手、報道した。更に横路孝弘・社会党衆院議員(故人)に懇…

    元毎日新聞記者の西山太吉さん死去 91歳 沖縄返還密約追及 | 毎日新聞
    Ereni
    Ereni 2023/02/26
    この人が英雄として扱われる時の"反米は正義"の価値観に、ずっと割切れない苛立ちがあった。国家として非難されるべき事ではあるが、🇺🇦侵攻以後から見れば、やはり日米同盟妨害の目的や致命的影響ははっきりしてる
  • 翁長氏の録音、知事選動かす 玉城氏、急きょ後継候補に:朝日新聞デジタル

    沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事の急逝に伴う県知事選の構図が事実上、固まった。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設反対を訴えてきた「オール沖縄」勢力が沖縄3区選出の自由党の玉城(たまき)デニー衆院議員(58)を擁立。自民・公明両党が推す前宜野湾市長の佐喜真(さきま)淳(あつし)氏(54)との一騎打ちの構図となる。 玉城氏は21日、所属する自由党の小沢一郎代表と国会内で会談した。その後、記者団に「翁長知事が亡くなった後の非常に重要な意味を持つ選挙だ」と語った。翁長氏の後継候補を選ぶオール沖縄勢力の「調整会議」は22日にも会合を開き、玉城氏の擁立を確認し、正式に立候補を要請する見通しだ。 9月13日告示、同30日投開票に早まった知事選。擁立劇は、急転直下だった。調整会議は17日の会合で、所属する各団体が推薦する人物の名前を書いて投票し、両副知事ら5人の名前が挙がった。その中に

    翁長氏の録音、知事選動かす 玉城氏、急きょ後継候補に:朝日新聞デジタル
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    Ereni 2018/08/23
    8/22『そもそも保守層の一部が離れ、オール沖縄内部における共産党の影響力が強まっていることへの警戒感も強い。  立憲民主党幹部は「共産党が前面に出てこなければ勝てる」と語り、保革対決の構図となることを(
  • 沖縄県議会議長、翁長氏の音声開示応じず=沖縄知事選:時事ドットコム

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    Ereni 2018/08/23
    沖縄県議会の新里米吉議長21日「私の手元にない」「公開しましょうというわけにはいかないだろう」都内で記者団の質問に。翁長氏を支持してきた県議会与党会派の一部は,音声データに疑義があるとして公開を求めている
  • 翁長氏、後継に2氏の名前 生前録音の音声残る(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

    今月8日に急逝した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が生前、自身の後継候補として、2氏の名前をあげた音声が残されていたことがわかった。親族らが録音していたといい、9月30日投開票の知事選での候補者選考に影響を与えそうだ。 2氏は、保守系の会社経営者の呉屋守将(ごやもりまさ)氏(69)と、沖縄3区選出の自由党の玉城(たまき)デニー衆院議員(58)。両氏とも、翁長氏を支持し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設に反対する立場をとってきた。 関係者によると、音声は翁長氏が亡くなる数日前に録音され、17日に存在がわかったという。 呉屋氏は17日の朝日新聞の取材に「私は出ない。経済界で頑張ることの方が、沖縄のためになる」と話し、立候補要請があっても固辞する考えを示した。 玉城氏は18日、翁長氏を支えてきた「オール沖縄」勢力で擁立する候補者の選考作業をしている「調整会議」の幹部から、録

    翁長氏、後継に2氏の名前 生前録音の音声残る(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
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    Ereni 2018/08/18
    保守系の会社経営者の呉屋守将(ごやもりまさ)氏(69)と、沖縄3区選出自由党玉城デニー議員。両氏共翁長氏支持、普天間飛行場の辺野古移設に反対する立場をとってきた。亡くなる数日前録音,17日存在がわかった。共に固辞
  • 「沖縄県の翁長知事が中国から支援を受けていたことが確定」…だと?(沼津市議の投稿より) - 自由ネコ

    「翁長知事は選挙において中国の支援を受けていることが確定だった…といわれている」 みたいな内容のツイートをした沼津市の市議会議員がいらっしゃるようで。 どういうことなのか、ちょっと調べてみました。 問題になっているツイートはコチラ。静岡県沼津市の市議会議員 小澤 隆(りゅう)氏のつぶやき。 なるほど。 このツイートに少なくとも現時点で350人近い方が「いいね」を付けているところを見ると、それなりに支持されている主張ということでしょうか。 文字に起こしてみます。 翁長知事の政治姿勢にはどうかと思うところが私もあったし、前回の知事選挙においても中国の支援を受けていることが確定だったといわれている。 それでも亡くなったことを喜ぶかのように平気で発信する人がいるのは悲しくなる。 ひとりの人間として精一杯生きたではないか。なぜ区別して考えぬのか。 https://twitter.com/llllnu

    「沖縄県の翁長知事が中国から支援を受けていたことが確定」…だと?(沼津市議の投稿より) - 自由ネコ
    Ereni
    Ereni 2018/08/18
    パンダ招致あたりの事を言ってるのかと思ったが、青山繁晴の著書との事。しかしノイホイが本に該当する部分はないとツイしていて謎。
  • ゴルバチョフ氏、翁長知事に追悼文 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

    ミハイル・ゴルバチョフ氏 東西冷戦終結の立役者で、ノーベル平和賞を受賞したミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領(87)は10日、琉球新報に対し、死去した翁長雄志知事への追悼文を寄せた。 追悼文は「彼の活動の基方針は、平和のための戦いであり、軍事基地拡大への反対と生活環境向上が両輪だった」とした上で「翁長雄志は私たちの中で永久に生き続けます」と結んでいる。 ゴルバチョフ氏は、ゴルバチョフ財団日事務所代表の服部年伸氏に対し「翁長氏は、沖縄の代表のみならず日政治家の中でもスーパーだ。将来首相でも十分やっていける人物」と評したという。 翁長知事の死去を悼むゴルバチョフ氏の追悼文 追悼文は9日付で翁長知事の・樹子さん宛て。服部氏は10日、翁長雄志後援会の国吉真太郎会長に追悼文を送付し、託した。 ……………………………………………………………… ゴルバチョフ氏からの追悼文翻訳 尊敬する翁長樹子

    ゴルバチョフ氏、翁長知事に追悼文 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
    Ereni
    Ereni 2018/08/12
    うーん。ソ連の指導者が米軍基地に言及するっていうのは…「彼の活動の基本方針は、平和のための戦いであり、軍事基地拡大への反対と生活環境向上が両輪だった」「翁長雄志は私たちの中で永久に生き続けます」
  • 日本の政治は「愛がない」 本土に歴史問い続けた翁長氏:朝日新聞デジタル

    8日に67歳で急逝した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事は、沖縄初の戦後生まれの知事だった。軸足を置いたのは「日」とは異なる戦後を歩んだ沖縄の歴史。基地問題をめぐって国と向き合わなければならない沖縄県知事の難しい立場にあって、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の県内移設反対を貫き、冷淡さを増す土の政治に徹底して異を唱えた。 「今やっと沖縄が飛び立とうとしている。(基地の県内移設によって)足を引っ張ることは容認できない」。名護市辺野古の埋め立て承認の撤回を表明した7月27日。翁長氏は会見で、思いがあふれ出すように沖縄の将来を語った。これが公の場に姿を現した最後になった。 40代で自民県連幹事長を務めるなど、元々は県内の自民のエースだった。移設推進の旗振り役だった時期もある。しかし2009年、民主党の鳩山由紀夫代表が「最低でも県外」と唱えて衆院選で圧勝。自民県連は「辺野古移設反対」に転じ、翁長

    日本の政治は「愛がない」 本土に歴史問い続けた翁長氏:朝日新聞デジタル
  • 翁長沖縄知事が死去 67歳 辺野古新基地反対を貫く(沖縄タイムス) - Yahoo!ニュース

    沖縄県知事の翁長雄志氏が8日午後7時までに、膵臓(すいぞう)がんのため入院中の浦添総合病院で死去したことが分かった。67歳だった。米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古への新基地建設への反対を訴え、2014年の県知事選で初当選。新基地建設反対を最後まで貫いた。 【写真】今年の沖縄全戦没者追悼式に出席した翁長知事。安倍首相は目線を落としたままだった 翁長知事は1950年生まれ、那覇市出身。85年に那覇市議に初当選し2期、その後県議を2期、2000年から那覇市長を4期14年務めた。

    翁長沖縄知事が死去 67歳 辺野古新基地反対を貫く(沖縄タイムス) - Yahoo!ニュース
    Ereni
    Ereni 2018/08/08
    “8日午後7時までに、膵臓(すいぞう)がんのため入院中の浦添総合病院で死去したことが分かった。67歳だった。”
  • 大田元知事死去:92歳の誕生日に息引き取る 家族や教え子らに囲まれ | 沖縄タイムス+プラス

    「ハッピーバースデー ディア 大田先生 ハッピバースデー トゥーユー」-。大田昌秀さんは92回目の誕生日を迎えた12日昼前、入院先の那覇市内の病院で家族や琉球大学の教え子たちから歌で祝福を受けていた。歌が終わるころ、眠るように息を引き取ったたという。

    大田元知事死去:92歳の誕生日に息引き取る 家族や教え子らに囲まれ | 沖縄タイムス+プラス
    Ereni
    Ereni 2017/06/15
    『一時的に意識がなくなった時は、「早く洞穴を探しなさい」「弾や鉄砲を兵隊に持って行きなさい」とうわごとを言ったという』『「字単位の戦争をまとめたい。戦争の最もリアルな姿がある」と話していた』
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