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ぶ:文化とアジアに関するdimitrygorodokのブックマーク (5)

  • ドラマ「おしん」が世界を魅了、そのわけは 文化や言葉にも影響 - BBCニュース

    「おしん」は日だけでなく、世界60カ国でヒットした。韓国ドラマや、アジア人俳優が多数出演した映画「クレイジー・リッチ!」が流行する時代よりもかなり前のことだ。アジア発の世界的ヒットは当時珍しく、前例がなかった。やがて「おしん」にちなんだ名前が、その国の言葉の一部になるほど浸透した国もある。

    ドラマ「おしん」が世界を魅了、そのわけは 文化や言葉にも影響 - BBCニュース
    dimitrygorodok
    dimitrygorodok 2021/06/06
    "たとえばタイやインドネシアの視聴者は、日本人は「冷血」というイメージが、「おしん」を見てから「劇的に」変わったと話している/祖父母は観るのを拒否していた。2人にとって戦争の記憶はあまりに鮮明すぎた"
  • 「アジアにはアジアの人権がある」という主張がありますが、人権は普遍的なものではないのですか? - ヒューライツ大阪(財団法人アジア・太平洋人権情報センター)

    1993年、人権の普遍性に真っ向から対立する主張が起こりました。冷戦後、はじめて開催される「世界人権会議」の準備のため、アジアで開かれた地域会合で、いくつかの国の政府代表者が「アジアには欧米とは異なる人権の考えがある」と強力に主張したのです。その結果、 人権とは相対的なもので、 アジアでは社会権の実現が優先され、個人より集団の発展の権利が優先されるべきで、 人権は国内問題であるから外部の介入は許されるべきではない、 という主張が盛り込まれた「バンコク宣言」が採択されました。これらが「アジア的人権論」と呼ばれる考え方です。 「発展の権利」と「アジア的人権論」の関係 2、3の主張は、1960年代に提起された「発展の権利」の考え方とも、大きく重なります。そこで、ここでまず「発展の権利」について紹介したいと思います。 発展途上国の貧困と低開発という問題は、現在先進国と呼ばれている国々の、長年にわた

    dimitrygorodok
    dimitrygorodok 2015/01/06
    アジア的人権論というが、とどのつまりは西欧への子供じみた反発と権力者の保身・利権護持ってところでしょ。
  • 「竹田恒泰氏がJALの新聞広告に「朝鮮式の変な立ち方」とTwitterで酷評」の件のメモ

    コレの件。 http://news.livedoor.com/article/detail/9461729/ この朝鮮式の変な立ち方何とかならないか? 日式では、手を前で組む立ち方はしません。これは「コンス」という朝鮮式の立ち方、お辞儀です。日人なら、日式にしてもらいたい。これは、日経新聞に最近掲載された日航空の広告。恥ずかしい。 pic.twitter.com/2N9vj6Zzss 2014, 11月 12「コンス」って何?って話については、漢字では「拱手」で、空手や中国武術の礼にも残っている中国に古くからある挨拶の仕草らしい。胸の前で右手を握って左手を被せるアレ。 コンスって一体何だー、って思ってたらもしかして拱手のこと? さすがに違うよねぇ。多分響きから言って漢字語なんだけど、だとしたら漢字表記を知りたい。「○手」だと思うんだよな。最初「空手」かと思ったもん。

    「竹田恒泰氏がJALの新聞広告に「朝鮮式の変な立ち方」とTwitterで酷評」の件のメモ
  • 「ブラック国家の元首をやっているんだが、もう限界だった」 | おごちゃんの雑文

    金正日が死んだらしい。 北朝鮮看板アナウンサー、リ・チュンヒさんの生存を確認 「現地指導に向かう途中、肉体的過労で死亡」と どうやら過労死らしい。 ちなみに、おとーさんの金日成も過労死。 金日成 まぁああいった国の国家元首の死因の当のところなんて公表されるわけではないので、いろいろ割り引いて考えなきゃいけないのではあるけど、とにかく過労死したってことになっている。 あーゆー国の国家元首が激務で、心労に絶えないことは、ちょっと想像力があればわかるだろう。「贅沢三昧」「酒池肉林」みたいな話しか聞いてない人は、「贅沢病で死んだだけだ」としか思わないだろうが、ちょっと歳取れば 贅沢はしたいが命は惜しい とゆー気持ちはわかるだろうし、いつ寝首をかかれるかわからないような立場なんだから、気が休まることもないだろう。だから、「過労死」はあながち嘘でもないと思う。 というのはいいとして、公式の発表として

    dimitrygorodok
    dimitrygorodok 2011/12/19
    とりあえず「名誉の戦死」じゃなくて本当に良かった、とは言えるかと
  • 日本列島の先住民だったニブヒの人たちのニュース - Native Heart

    アムール川は黒竜江とも呼ばれているユーラシア極東の大河だが、この川の上流から下流にかけての両岸、河口付近の中国東北地方及びロシア・沿海地方地方に、そして古代の日列島の北海道島や州島の東北部にも暮らしてきた比較的背の低い漁労と狩猟のツングース系モンゴロイドのネイティブの人たちが「ニブフ」で、ロシア語で複数形になると「ニブヒ」と呼ばれてきた。ニブフは彼らの言葉で「人間」「ヒト」を意味し、彼らは長いこと近隣の別の部族からは「ギリヤーク」と呼ばれた。言語についてはかなり独特で、ネイティブ・アメリカンの言語との類似性を指摘する学者もいる。カラフトの南で生まれて暮らしていたニブフの人たちの一部は、同じツングース系のウィルタの人たちなどと一緒に戦後すぐ「日人」として送還され、つい最近まで北海道島で暮らしていた。もともと日列島の先住民の部族のひとつで、列島古代史のなかに登場する「粛慎(しゅくしん、

    日本列島の先住民だったニブヒの人たちのニュース - Native Heart
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