タグ

歴史と言語に関するCruのブックマーク (6)

  • 縄文人の痕跡を現代人に探る

    1万6000年前から3000年前まで日列島で縄文文化を支えた縄文人の遺伝子はいま,どこにあるだろう。縄文人集団と,大陸から渡来した東アジア人集団が混血して現在の日人集団となった。縄文的特徴は薄くなったが,その遺伝子のかけらは今も日人集団の中に存在している。縄文人のかけらを現代日人のゲノムから抽出しようという研究が進んでいる。 東京大学大学院理学系研究科でヒトゲノム多様性をテーマに研究している渡部裕介と大橋順のグループは2023年,日の現代人ゲノムから縄文人に由来するとみられる変異を特定し,それに基づいた「縄文人度合い」で日州の各地域の差異を見ることに成功した。 さらに,縄文人由来変異は今の日人に具体的に表れている形質,つまり表現型を見る新しい視点にもつながる。日人のゲノムを「縄文人由来」と「渡来人由来」に分類し,これまでのゲノムワイド関連解析でわかってきた60種類の量的形

    縄文人の痕跡を現代人に探る
    Cru
    Cru 2024/01/02
    縄文遺伝子が島根県にこんなに色濃いなら、「砂の器」のズーズー弁も偶然じゃなくて出雲に強制移住させられた蝦夷俘囚由来じゃんね
  • Peninsular Japonic - Wikipedia

    The first authors to study these words assumed that, because these place names came from the territory of Goguryeo, they must have represented the language of that state.[22] Lee and Ramsey offer the additional argument that the dual use of Chinese characters to represent the sound and meaning of the place names must have been done by scribes of Goguryeo, which would have borrowed written Chinese

    Peninsular Japonic - Wikipedia
    Cru
    Cru 2020/12/03
    日本国内で墳墓の系統が辿れるのに、半島南部ではいきなり前方後円墳が出現してるんだから、あまそういう事なんだけど、歴史的経緯で、真実が語られない。ただ縄文遺跡もあるようだし言語的交流がさらに遡るのは自然
  • 古代中国の共通語 - 宮城谷昌光氏の春秋・戦国時代の小説を読むと、多くの政治家や英雄・知識人が中国の東西南北至る所を放浪し、その国々の宰相... - Yahoo!知恵袋

    春秋戦国時代には、 一応の「雅言」と呼ばれる共通語があったといわれています。 「周秦漢晋方言研究史」(華学誠:著)によると、 中国の伝説時代、 炎帝族と黄帝族が融合して華夏族ができ、 原始的漢語である、華夏語ができた、と記載されます。 華夏語は、春秋戦国時代には、 雅言(夏言)と称するようになったともされます。 戦国時代末期の「爾雅」は、 全19編、2219項目、5239個の言葉が掲載されている最初の字典とされますが、 それに掲載されている方言を分類すると、 秦晋 周韓鄭(漢代趙魏含む) 衛宋 齊魯(漢代東齋海岱含む) 燕朝(漢代北燕朝鮮含む) 荊楚(漢代南楚含む) 呉越(漢代南越含む) の7地方に分けられるとされます。 発音などに地域での相違がかなりあったようです。 「孟子」に、 「南蛮人は鳥の舌を持つ人」 「楚語と華夏語は同属だが、違いは大きい」などの記載があります。 「春秋左氏伝」に

    古代中国の共通語 - 宮城谷昌光氏の春秋・戦国時代の小説を読むと、多くの政治家や英雄・知識人が中国の東西南北至る所を放浪し、その国々の宰相... - Yahoo!知恵袋
  • 緑と青の関係 - 緑の事を青といったりする事が結構あると思います特に葉っぱや信号機などでは言うと思うのですが。しかし葉っぱ... - Yahoo!知恵袋

    これは、日語が来持っていた色彩形容詞に関わる問題です。 奈良時代の日語には、色を表す基的な形容詞は4つしかありませんでした。 「あかし」「あをし」「しろし」「くろし」の4つです。 これらは、現代語の「赤い」「青い」「白い」「黒い」に直接繋がります。 この4つの色彩形容詞は、現代ではそれぞれ英語の「red」「blue」「white」「black」 に対応するような色を指すと考えられていますが、 元々はそのような対立ではありませんでした。 「あかし」は「あかるし」(明るい)と同じ語源の言葉で、明るい色を表していました。 「くろし」は「くらし」(暗い)と同じ語源の言葉で、暗い色を表していました。 「しろし」は「しるし」(著し)と同じ語源の言葉で、はっきりした色を表していました。 「あをし」は「あゐ」(藍)と同じ語源の言葉で、はっきりしない色を表していました。 このように、光の明るさ(明度

    緑と青の関係 - 緑の事を青といったりする事が結構あると思います特に葉っぱや信号機などでは言うと思うのですが。しかし葉っぱ... - Yahoo!知恵袋
  • 中国語の中の日本語(Chinese Borrowings from the Japanese Language)

    中国語の中の日語(Chinese Borrowings from the Japanese Language) 陳 生保(Chen Sheng Bao) 上海外国語大学教授 はじめに 「共産党 幹部 指導 社会主義 市場 経済」 という文は、すべて日製漢語語彙でできているといったら、こ れらの語彙をさかんに使っている普通の中国人は信じかねるだろうし、これらの語彙の原産地の日人も、たぶん半信半疑だろうが、しかし、それは事実である。私が十年前にこれまでの先行研究をふまえてまとめた「中国語の中の日語」 は、その間の消息を伝えている。 現在、日語は毎年一万語(その多くは音訳による外来語だろうが) のペースで新語が増えているそうである。ところが、二千年の長きにわたって中国語の中に入った外来語は、たったの一万語にすぎない。そして、そのほぼ一割に当たる千語の外来語は、日製漢語語彙なのである。

  • 現代中国語の中の日本語「外来語」問題 - 閾ペディアことのは

    現代中国語の中の日語「外来語」問題(现代汉语中的日语“外来语”问题/現代漢語中的日語“外来語”問題) 王彬彬(日語訳:松永英明) ※見出しの( )内の部分は訳者が付けたものである。 一(中国語の中に非常に多い“日語「外来語」”) 日中間の文化交流史上、非常に興味深く、また意義深いことがある。その中でも二つの時期の状況が特別に注目を引くものである。一つは中国唐代で、一つは近代である。唐代においては、日は貪欲に中国から学習した。中国文化と接触した後、大和民族は初めて文字と遭遇したのであり、このときから書写を学び始めたのであった。日語の仮名は漢字の変形にすぎない。近代にあっては、中国は必死で日から学習した。他の分野はともかく、言語・文字の分野でいえば、近代には、逆に日が漢語の輸出国となったのである。日の「漢語」は東アジア各国の言語システムに衝撃を与え、中国の漢語の中に大量に侵入し

  • 1