ロシア正教のトップであるキリル総主教は、ロシアがウクライナに侵攻した2月の数日後、「祖国防衛の日」として発表した。キリル総主教は、プーチン大統領の「ロシア国民への奉仕」を祝福し、兵役を賞賛している(注1)。ウクライナで続く戦争については、正義と悪の「黙示録的戦い」に他ならないとさえ語ってもいる。キリル総主教にとって、この戦争の結末は「神のご加護を受けられるか否かという人類の行方」を決めることになるようだ(注2) ロシア正教会が国家の軍事に口をだすというのは、今にはじまったことではない。シリア内戦にロシアが介入した時はもっとはっきりと「キリスト教徒を解放する聖戦」とキリル総主教は発言している(注3) このように教会人が軍事行動を祝福するのは、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の文化を色濃く受け継いだものと思われる(注4)。ビザンツ帝国時代は、皇帝と総主教を中心とする独特の信仰体系で権威が作り上げら
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナに戦争を仕掛けるのか──。日に日に緊迫感が高まっている。だが、そもそもこうした「情勢」を作り出してきたプーチンの動機は何なのか? 世界的な歴史学者のニーアル・ファーガソンが、歴史家ならではの読み解きを展開する。 戦争が起ころうとしている。「とても喜ばしいとは言えない大北方戦争」だ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の心のなかではウクライナとの戦争は決まっている。 プーチンは2021年7月、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」と題した長い論文を発表し、ウクライナが独立している現状は、歴史的に見ても持続不可能な異常事態という偏向した主張をしていた。 これを読めば、1938年のナチス・ドイツによるオーストリア併合のような形でプーチンがウクライナを獲ろうと考えていることは一目瞭然だった。それに、その論文が発表される前から、ロシアは約10万人の兵
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低かった戦後の東欧国境 いささか皮肉な見方かもしれないが、現代史において、最も国境が低かったのは、戦後の東欧圏ではなかったか。 70年代以降、東欧に限らず、大小の覇権国による対外侵攻はあとを絶たなかった。1983年のグレナダや89年のパナマへのアメリカの介入も同様のケースといえよう。アジアでは78年末からのベトナムによるカンボジア侵攻、その報復としての翌年早々の中国によるベトナム侵攻などが揚げられるが、ここではそのスケールの大きさ、期間の長さ、歴史的な意味の深さから見て、東欧諸国に注目したい。 冷戦時代、ソ連を構成していたウクライナと白ロシア(現ベラルーシ)と、ソ連の傘下にあった東欧諸国は、形の上では独立国として国連に加盟し、それぞれに国境を持ち、国旗を掲げてはいた。しかし、国際共産主義運動の共通の利益を守ると称して、モスクワはこれらの諸国に対して圧倒的な影響力を保持し続けた。 1956年
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