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ブックマーク / juangotoh.hatenablog.com (1)

  • 「リベラル」という語が差別語に近づいている - 仮想と現実

    かつてリベラルといえば、理想主義的だがマルクス主義のようなギチギチの理論に縛られず、現実的な政治思想を指していたはず。なので知識人がリベラルであると表明するのはむしろ当然だった。しかしいま「リベラル」という言葉は、「反日左翼」「与党の方針に常に反対しかしないものを考えない連中」みたいなイメージで語られることが多く、リベラルであると自称する事自体ためらわれる時代になっていると感じる。 「リベラル」がそもそも「リベラリズム」=「自由主義」なのだが、これは来啓蒙思想から起こった考えで、権力が人民を支配する原理は神によるのではなく、社会契約に基づくということ、そこから平等思想が生まれ、人間の自由がうたわれた。この自由はすなわち権力からの自由であり、権力が個人の自由を侵すことを忌避する。個人の自由を最大限に尊重することから、この考えは国家を小さくして、極力民間の自由に任せる方向に向かう。このへんは

    「リベラル」という語が差別語に近づいている - 仮想と現実
    PYU224
    PYU224 2017/10/16
    誰かと思えば後藤寿庵さんか。その意味ではTwitterとかにいる人たちは大概リベラルと言って良いんだけど。その言葉と自称してる(他称とかレッテル貼りも含むか)人らの実態が乖離してるのが原因だろう。
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