マウンド上で足が震えた。こんなことは今までなかった。右肘手術から2年。完全復活を目指して迎えた85年シーズン。村田の開幕後初登板は4月14日、日曜日。川崎球場の西武戦だった。ロージンバッグを投げ捨て、第1投。マサカリ投法から放たれるストレートには、情念が込められていた。“投手・村田兆治”は死んでいない。オレは勝つ―。 「低めに投げて、ゴロを打たせるスタイルに変えたんだ。昔のことは忘れて、今の自分と向き合おう。そう言い聞かせていたよ」 チームに白星をもたらすため、過去の自分とは決別した。直球で押しまくるのではなく、カーブやスライダーを織り交ぜ、勝負所では宝刀フォークを落とした。 執刀医のフランク・ジョーブからは「100球を超えないように」と厳命されていた。敬愛する恩人との約束だが、破った。先発完投という自らの信念は、制御できない。「これで投手生命が終わってもいい」。気迫がレオ打線を黙らせる。