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告白に関するgntのブックマーク (11)

  • Grip Blog: 松永英明さんへインタビュー ①

    4月14日金曜日午後、都内某所で、元オウム信者であったとカミングアウトされた、ブログ「絵文禄ことのは」の松永英明さんへ4時間に及ぶインタビューを行いました。インタビュアーは、私と、佐々木俊尚さん、R30さん、の3人です。 佐々木俊尚さんとR30さんに同行をお願いした理由は、私がある意味当事者となっている内容ですので、一人でインタビューしたのでは公平さに欠けることと、オウム真理教・アーレフを取材するには私に力量が足りないと判断したからです。 現場の雰囲気をできるだけそのままで伝えるため時系列を変えずに掲載しておりますので、内容が飛んだり、前後したりしておりますが、ご了承ください。 松永さんのインタビュー中に度々感じたのは、「ギャップ」でした。 私の中のイメージのオウム信者と目の前にいる元信者のギャップ。 宗教観を持っている人と持っていない人のギャップ。 オウム真理教またはアーレフという教団を

    Grip Blog: 松永英明さんへインタビュー ①
    gnt
    gnt 2006/04/24
    あえて火中の栗? いずれにしろ肝は据わっているなぁ。5まで続く
  • くらやみのスキャナー:オウマーだったあの頃 #4

    ■[etc]オウマーだったあの頃 #4 1995年の初夏のある日、オウム真理教がサリン事件以降に、一般の人々と出家信者の交流のために「サティアン横浜」というスペースを作ったというニュースを知ったのは、たぶんワイドショーを通じてのことだと思う。もちろんこの時期新たにオウムが場所を借りたりするのは難しかっただろうから、既存の道場を開放したのだろう。そのサティアン横浜の住所をどうやって調べたのか、今では思い出せない(その頃ネットにつながったコンピュータなど持っていなかったのだけど)。 この当時すでに、世間はオウムのことを、死者12人重軽傷者5千人強の被害者を出した地下鉄サリン事件の犯人…と断定まではできないにしても、限りなくクロに近いと思っていた。そしてほとんどのオウム信者は、サリン事件のことを、何者か強大な力を持った組織が、オウムに濡れ衣を着せ陥れるためにやったと信じていた。この両者が出会う場

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    恋人と別れて30年が過ぎ、その元恋人の娘と出逢う夜 古い友人であるShellyからメッセージが届いた。「私の娘のAdrienneが日に行くのだけれど、時間取って彼女と会ってくれるかしら?」 Shellyはアメリカ在住の白人女性だ。Shellyと俺との関わり合いは、過去に書いた。こちらを参照のこと。25歳に戻れた夜~ブライアン・…

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    gnt 2006/04/05
    id:Shwaetzer氏の話を聞いてみたい[ただのミーハー]
  • 2006-03-27 - くらやみのスキャナー

    ■[etc]オウマーだったあの頃 #3 前回までのあらすじ。1995年、仕事にヤられてしまったワタクシは、人生(きゃ!)のリセットボタンを探しもとめていた。シャットダウンボタンでは無い。せっかく生まれてきて自分から死んだら馬鹿馬鹿しいし、痛かったり苦しかったりするのは苦手なほうだから。だからあくまでリセットボタンであった。 ------------------------ 1963年生まれの僕は、子どもの頃はあらゆる宗教に対して「人間が月に行く時代に神様でもあるまい」という簡単な理由から興味を持てなかった。物心がついて以降、選挙の時に創価学会が絶大な力を振るっているのを知ったり、杉並の立正佼成会の建造物をナマで見るに至って、いや宗教侮れないなとは思ったものの、やはり自分には無関係なものだと思った。 いわゆる新宗教の支持層をあらわす(?)言葉に「貧・病・争」という有名なものがある。まじめに働

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    gnt 2006/03/28
    おもしろいなぁ。
  • くらやみのスキャナー - オウマーだったあの頃 #1

    ■[etc]オウマーだったあの頃 #1 オウム真理教事件は当時、一般紙のみならず、スポーツ新聞や夕刊紙でも大きく報じられた。 スポーツ新聞や夕刊紙は、それまでは男性しか購入しないものと相場が決まっていたのだが、オウム事件の時は会社帰りのOLさんたちも積極的に買い求めた。それはエポックメイキングな事態ではあった。 手元に残っている当時の夕刊フジの一面を何日分かスキャンしたのでアップしてみる。当時を知るひとには懐かしく、また知らない若者の方々にとっては新鮮に思えるのではないかと期待する。 ------------------------------ とりわけ僕の記憶に強く残っているのは平成7年6月1日のものだ。この日は事業費800億円強という大プロジェクト「世界都市博覧会」を青島幸男東京都知事が公約どおり中止したことがトップニュースではあったのだが、それに堂々並び「飯田エリ子座禅」の文字が躍っ

  • 医学都市伝説: 「ことのは」騒ぎについて

    2006年03月22日  「ことのは」騒ぎについて [ウェブサイト] 昨日のヒマネタに対して「そんなことより、旧知の松○さんについて記事書いてちょ」というよく意味のわからないコメントがあった。はて?「旧知の松○さん」?誰のことだろう。 そんなわけで今日一日、松で始まる人について考え続けていた。松人志?松岡修造?松平健?松雪泰子?松坂大輔?その前の話題つながりで、松崎明のことをいっているのか?そのうちの誰であれ、TVとか報道では知っているが、個人的な知り合いなんかじゃないのだし。松田洋子ならお近づきになってもいいかな。 釈然とせぬままネタ探しのウェブ巡りをしていてハタと思いついた。松永英明氏のことを言っているのか。なるほど、確かに旧知ではある。でもこちらは彼が松永というペンネームを使い始める前に知り合ったので、彼と松永という名前を結びつけるのはちょっと困難だった。 詳しいことは忘れてしまい

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    gnt 2006/03/23
    「オウムを特殊なものだと切り離そうとする人々をみるたびに、それはあなたの精神衛生に、かなりよろしくない態度ですよと」
  • はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました - はてなの告知

    はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました 以下のエントリの通り、今年末を目処にはてなグループを終了予定である旨をお知らせしておりました。 2019年末を目処に、はてなグループの提供を終了する予定です - はてなグループ日記 このたび、正式に終了日を決定いたしましたので、以下の通りご確認ください。 終了日: 2020年1月31日(金) エクスポート希望申請期限:2020年1月31日(金) 終了日以降は、はてなグループの閲覧および投稿は行えません。日記のエクスポートが必要な方は以下の記事にしたがって手続きをしてください。 はてなグループに投稿された日記データのエクスポートについて - はてなグループ日記 ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 2020-06-25 追記 はてなグループ日記のエクスポートデータは2020年2月28

    はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました - はてなの告知
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    gnt 2006/03/23
    読みたいですね
  • 備忘録ことのはインフォーマル20060317

    ■結核の薬 14:23 今朝から飲み始めました。毎朝3錠×3+1包。 何か体の中が変です。早速小水が明るいにんじん色に。 ■確かに 07:59 しまった!! TBN TBNの人が二階堂氏を連れてきて、こちらも法務担当の人と二人で、烏山のドトールかどこかで会いましたね。二階堂氏は教団の野田(ヴァジラティクシュナー正悟師)と親しいということをずっとしゃべってました。なんでこの人がついてくるのかよくわかりませんでしたが。修行の話なんかしたかなあ。TBNの人が「金を払え」と言ってくるのに対して「それは筋が違う」という話を延々としていたわけですが。あとで二人の名刺のスキャン出しますね。 詳細: TBN有料サイトの内容をすべてコピーしたミラーサイトがネット上にさらされて誰でも見れるようになっており、多くの人が見に行ったわけだが、なぜかそのアクセス解析結果に東山出版からのアクセスがあったということ

  • [R30]: 言葉の磁場

    以前のエントリにも書いたことがあるが、93年にタイで出家していたことがある。その理由は、1つには高校時代のホームステイ先のホストマザーを喜ばせたいということだったが、もう1つはこちらのサイトで彼が書いているようなこととそっくりな理由だった。彼が91年、そして僕が93年だから、京都と東京という違いはあれど、あれはちょうどあの時代の共通な空気だったのかも知れない、と思う。僕はたまたまタイで出家ができた。彼はそれを日でやりたいと考えた。違いはそれだけだったのだろう。 僧侶だった間、僕はずっと自分と世界とのかかわりの法則について考えていた。当時の僕の頭の中は、マルクスとかデカルトとかカントとかヘーゲルとかヴィトゲンシュタインとか、そういうものでいっぱいだった。そして、タイで先輩僧侶に向かって「マルクスはこう言っている」とか「ヴィトゲンシュタインはこういう説を述べている」とか、つたないタイ語で必死

    [R30]: 言葉の磁場
    gnt
    gnt 2006/03/14
    んん〜。やっぱこういうのって時代性なのかなぁ。もちろん、後付けで(おもに大塚とか宮台とかによって)作られた偽史な感じもするけど
  • サイト半跏思惟 僕はなぜオウム真理教に出合って歓喜したか

    「あなたはオウム真理教にどうして入ったんですか」とよく聞かれる。 僕がオウム真理教と格的に出合ったのは、1991年11月、京都大学での講演会だった。そこで僕は、この教えこそ、自分がずっと探していたものだったということを確信した。 では、なぜそう思ったのだろうか。それを説明しようと思えば、自分が生まれてからどのような環境で育ち、どのようなことを考え、そしてどのような経験を重ねてきたのかということと切り離して語ることはできない。 一人の、平凡じゃないかもしれないけどやはり日人としてこの国に育った僕が、どうしてオウムに入ったのか。そして、あんな事件があったのに、なぜ今もアレフの出家者として修行生活を続けているのか。その理由が何となくわかってもらえるかもしれない。 PART 001●京大11月祭 その講演を聞きに行こうということはしばらく前から固く決心していた。なぜなら…… PART 002●

    gnt
    gnt 2006/03/14
    典型的な「修行系」の告白。ちょっと乗ると、僕も仏教系だった。そこで絶望するか否かが分かれ目だったのか。もちろん、時代も違うんだけど
  • サイト・半跏思惟(アレフ個人サイト@散文系)

    ※このサイトはFlashを使用しています。 上の画像が見えない方はこちらからインストールしてください。 このサイトは……: 宗教団体・アレフ出家修行者カーマ・アニッチャ・パンニャッタ・パンニャーヤ・ムッタ・デーヴァ(福井利器)の個人サイトです。(⇒サイトについてさらに詳しく) ●日記● 毎日更新とはいきませんが、日々の雑感(とか草稿)。あと、更新履歴もここに入れます。随時更新。 ●エッセイ● なぜ僕はオウム真理教に入信し、今も宗教団体・アレフの信者として修行を続けているのか。 ●文書館● 何かまとまった文章ができたらここにアップします。 ●プロフィール● どういう人間がこのサイトを作っているかという自己紹介。 ●サイト案内● このサイトについて。リンク/アンリンクはフリーです。著作権関係の詳細も見てください。 ●メール● KAPPMデーヴァ宛メールはこちらまで。 ●リンク集● 関連サイトへ

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