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ブックマーク / sumita-m.hatenadiary.com (10)

  • つまづく - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/nitchimo/20090228/1235751740 「現代仮名遣い」は「発音との一対一対応」に目が眩み、結果「語の構造」を見失った表記だ。一方、歴史的仮名遣は、「歴史的」と言ふが、その素性は「語源と語の構造を反映させる」表記であり、非常に理性的な表記だ。単なる復古や懐古の表記ではない。 「現代仮名遣い」は「構造」を隠蔽した。これは和語の造語法を隠蔽した事に他ならない。和語の造語を不可能にすれば、日語の中で漢語や外来語の比重が高まるのは目に見えてゐる。なのに「漢語は解らない」「外来語も解らない」で、何をしようと言ふんだ。例として「つまづく」が挙げられている。私もtsumadukuと打ち込んで躓くと変換されないのはむかつく。以前躓くというのは爪+衝くだからづと表記すべきでしょ? と誰かに訊いたら、今そんなことを意識している人間なんていないと言

    つまづく - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2009/03/27
    「躓くというのは爪+衝くだからづと表記すべきでしょ? と誰かに訊いたら、今そんなことを意識している人間なんていないと言われた」ええええ! そうなの!? 意識しないと送りがなとかわかんなくならない?
  • 『ミャンマーの柳生一族』 - Living, Loving, Thinking, Again

    散歩の途中で、(ブックオフのようなメジャーなチェーン店ではない)所謂新古書店による。そこはブックオフのように膨大な105円均一の棚があるわけでもなく、つまり消費者にとってはあまり魅力的ではなかったのだが、高野秀行『ミャンマーの柳生一族』(集英社文庫、2006)を立ち読みし始めて、面白くて40頁くらい読んでしまい、このまま全部立ち読みで済ませるというのも、あまり流行っていなさそうなこの店の人に悪いなと思って、値段も200円くらいだったので、買い求め、近くのエクセリシオールで全部読んでしまった。高野秀行という人のはこれまで読んだことがなかった。これは著者と作家の船戸与一が2004年の緬甸を旅行した紀行。「柳生一族」とは緬甸の軍情報部。緬甸を江戸幕府に喩える。この比喩が妥当なのかどうかは分からぬ。ただ、面白いことはたしかだ。 著者は 私はミャンマーへは二年に1回くらいの割合で行っているが、最後

    『ミャンマーの柳生一族』 - Living, Loving, Thinking, Again
  • 「出逢ってしまった人」その他 - Living, Loving, Thinking, Again

    以前「私が「尾崎豊」に出逢わなかった」と書き、さらに「尾崎豊と出逢ってしまった人は幸いだと思うし、その幸福を、また世間に流通する紋切り型を脱した「尾崎豊」を是非語り続けていただきたい」とも書いた*1。さて、 湯浅兼輔「My Eternal Heart―尾崎豊、その軌跡―」(一橋大学社会学部学士論文)http://members.jcom.home.ne.jp/tekato/05yuasa.htm というテクストは「出逢ってしまった人」によるテクストだといえるだろう。 このテクストは、例の「卒論代行」問題*2を巡って、http://d.hatena.ne.jp/arg/20070826/1188062416を通して知った、新納浩幸という方の こういうこと*3が問題になるのは、結局、 大学で教えていることの内容自体(勉学の行為ではなく内容)が、 実際には無意味だということの証拠だと思う。 この

    「出逢ってしまった人」その他 - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2007/08/28
    作法。/「「尾崎豊」に出逢わなかった」「尾崎豊と出逢ってしまった人は幸いだと思うし、その幸福を、また世間に流通する紋切り型を脱した「尾崎豊」を是非語り続けていただきたい」
  • その昔は祭りというのは相当にやばいものだったらしいが - Living, Loving, Thinking, Again

    http://blog.livedoor.jp/skeltia_vergber/archives/50314491.html ここでは、『読売』と『毎日』の記事が引用されている。浅草の「三社祭」で、「神輿」の上に乗った連中が「都迷惑防止条例(粗暴行為の禁止)違反や公務執行妨害容疑」(『毎日』)で現行犯逮捕されたという。「浅草神社は祭りの開始前、神輿に1人でも乗ったら、境内から出る時の「宮出し」と呼ばれる行事を中止すると、担ぎ手側に通告しており、今後の対応を協議している」(『読売』)。これに関しては、 現場では「神輿に乗るな」と警官が注意していたけど、夕方のテレビのニュースを見たら、やっぱり乗ってるのがいた。見ればどれも倶利伽羅紋紋の怖そうな方ばかり。あの方々に下りろというのは、一般人ではなかなか難しいだろう。 見ているほうからすれば、神輿の上に人が乗っていたほうが絵になるような気もするけれ

    その昔は祭りというのは相当にやばいものだったらしいが - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2007/06/05
    メディア化と公化と「あちらがわ」
  • 翻訳とレイシズムと責任と - Living, Loving, Thinking, Again

    ZOU Qi “Poor label translation sparks anger” Shanghai Daily 24 April 2007 カナダのトロントに住む黒人女性Doris Mooreさんは市内の家具屋でソファなどを含む家具セットを購入した。ところが、ソファの梱包を解いたところ、ラベルに”Color:Nigger-brown”という記述を発見。7歳の娘にniggerってどういう意味なの?と訊かれ、言葉を失ったという。Doris Mooreさんは家具屋に抗議したが、家具屋は納入業者(supplier)の責任だという。納入業者に抗議したら、中国広東省広州にある製造業者に抗議しろと言われた。さらに、製造業者は北京のコンピュータ・ソフト会社Kingsoft Corpに責任を転嫁した。”Nigger-brown”という言葉はKingsoft Corpの中英翻訳ソフトによって出力された

    翻訳とレイシズムと責任と - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2007/04/26
    時間と政治
  • 山谷/カオサン - Living, Loving, Thinking, Again

    安原宏美さんのところ*1から『東京ゲストハウスLife―270軒以上の路線別物件ガイド付き!! 』(山と渓谷社)というの孫引き; 上野や浅草にも歩いていける東京の下町に世界各国の旅人が集まるゲストハウス街がある。日雇い労働者として知られるディープ空間「山谷」。「山谷」は今変わりつつある。 最近、ここ山谷に「カオサン化現象」が起こっているという。 カオサンはタイの首都。バンコクにあるバックパッカーの聖地。 なんでも山谷の一部の宿が外国人旅行者や一般旅行者にも開放をはじめ夏休みなど旅行シーズンともなると街には外国人旅行者があふれているから驚きだ。ラウンジではフランスからの旅行者が六木の地図を広げて明日の行く先を検討中。備え付けのパソコンでカタカタとメールを打つ中国人。そしてそれを「速いねー」と感心して眺める初老の女性。彼女は長期滞在者で「この前、アメリカ人の女の子とお風呂でいっしょになって

    山谷/カオサン - Living, Loving, Thinking, Again
  • 個人主義でも共同体主義でもなく - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/kechack/20070219/p1 曰く、 個人主義批判言説がここ最近よく聞こえるようになった。面白いことに右派は個人主義をサヨクだと言い批判し、これからは共同体主義だと言い、左派は個人主義を新自由主義の所産だと批判しこれからは共同体主義だと言う。 結局日の古い右派も左派も実は共同体主義、悪く言えば全体主義であって、個人主義は70年以降のアメリカのラディカルカルチャーの影響を受けた穏健左派と80年代以降に入った新自由主義によってもたらされたものである。個人主義を右か左といった二分律で説明するのは不可能である。 いくら何でも、「共同体主義」と「全体主義」を同一視してしまうのは乱暴かと思う。 確認しておくと、大まかにいって、政治哲学的には、一方では政府へ参加・介入する権利を強調する人たちがいて、他方では政府から介入されない権利を強調する人々がい

    個人主義でも共同体主義でもなく - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2007/03/01
    小田先生への言及
  • それよりも「労働」は「自己実現」なのか - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20060501/1146445919 労働という分野ならどこでも、医療であれ、製造であれ、情報産業であれ、中枢にあたる「将軍」や「参謀」にあたるポジションというのは限られているし、全ての人を「将軍」や「参謀」にしていては船頭だらけの難破船になってしまう。実際に現場が必要としているのは沢山の「兵士」だ。中枢の手足となって働く「兵士」が欲しい。下士官ぐらいは幾らか必要かもしれないが、それだって兵士よりは数が少なくてもいい。労働という分野でたくさん必要とされているのは、何も考えない、「個性の違い」に拘泥しない、えらい人の言うことは何でも聞いて、共通規格の部品で動く歯車だ。たしかに、少なくとも〈資家〉の立場からいえばその通りだし、現実的にもその通りなのだろう。ただ、当に「共通規格の部品で動く歯車」になってしまうと、ネガティヴ

    それよりも「労働」は「自己実現」なのか - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2006/05/09
    重要なー。『魂の労働』再読しよ
  • 愛、アレントからのメモ - Living, Loving, Thinking, Again

    「愛なんていらねえよ、国」 「祖国愛なんてやめておけ」*1 ハンナおばさんの言葉をメモしておく。 「イエルサレムのアイヒマン ゲルショーム・ショーレム/ハンナ・アーレント往復書簡」(矢野久美子訳)『現代思想』25-8、1997、pp.64-77. ショーレムはいう、 ユダヤ人の伝統のなかには、わたしたちには「ユダヤ人への愛」Ahabath Israelとして知られている、定義しにくいけれど充分に具体的意味をもつ概念があります。親愛なるハンナ。あなたには、ドイツ左翼出身の知識人の場合と同様に、この愛がほとんど見受けられないのです(p.66)。アレント、応えて曰く、 あなたはまったく正しいのです――わたしはこの種類の「愛」によっては心を動かされません。それには、ふたつの理由があります。第一に、わたしはいままでの人生において、ただの一度も、何らかの民族あるいは集団を愛したことはありません。ドイツ

    愛、アレントからのメモ - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2006/04/13
  • 「建物の外観や美観を著しく汚損し」 - Living, Loving, Thinking, Again

    『読売新聞』の記事なり; 建物への落書きは「建造物損壊」、最高裁初判断 公園のトイレにペンキで「戦争反対」などと落書きしたとして、建造物損壊の罪に問われた東京都杉並区の書店員木下正樹被告(27)に対し、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長)は、上告を棄却する決定をした。 決定は17日付。懲役1年2月、執行猶予3年とした1、2審判決が確定する。建物への落書きに建造物損壊罪が成立するとした最高裁の初判断で、同小法廷は「建物の外観や美観を著しく汚損し、原状回復に困難を生じさせたのは、損壊に当たる」と述べた。 壁を壊すなど建物の機能を損なった場合は明らかに同罪が成立するが、落書きについては明確な司法判断がなく、拘留(30日未満)と科料(1万円未満)の罰則しかない軽犯罪法違反を適用することが多かった。今後は、5年以下の懲役が科される同罪を適用しやすくなり、商店街のシャッターなどへの落書きが社会問題化する

    「建物の外観や美観を著しく汚損し」 - Living, Loving, Thinking, Again
    gnt
    gnt 2006/01/23
    「公衆トイレにおける『美観』とは何かという〈美学論争〉が巻き起こることを期待したい」笑った。
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