上記の各部は本項の説明の便宜上区切ったものである。論者によっては別の区切り方も考えられる[※ 3]。 百回本:小説としての確立[編集] 水滸伝各種刊本の系譜 上記の構成表を一見して分かるのは、百回本と百二十回本の違いが、第V部分の田虎・王慶征伐の有無のみということである。これは百回本の好評を受けて、追随した書店が他店と差をつけるために物語を増補した版を発売したためである(後述)。現存する最古のテキストである容与堂本「李卓吾先生批評忠義水滸伝」や、書目に言及された古い版本が百回本であることから、元々の形が百回本であることは間違いない。 百回本の完全な形で残る現存最古のテキストは、冒頭に述べたごとく、杭州の書肆容与堂が万暦38年(1610年)に刊行した『李卓吾先生批評忠義水滸伝』(容与堂本)である。ただしこれ以前に、明代の官僚で出版業も手がけた郭勛(武定侯。? - 1542年)が刊行した書籍の