ベンジャミン・クリッツァーさん初の著書『21世紀の道徳 学問、功利主義、ジェンダー、幸福を考える』(2021年、晶文社)。刊行間もなく増刷。まずはめでたい。面白い本だから、当然と言えば当然。私も夢中で読んだ(途中までは)。 しかし、実を言えばこれは、かなり論評しにくい本だ。 第1章。リベラルは人間、人権を大事にするあまり、人間が動物と地続きだという進化の事実に目をつぶり、科学を無視しているのではないか、との苦言から入る。我々も、「そうそう、リベラルにはそういうところあるよね」と思う。だから、もっと生物学や心理学といった科学が見出した事実を押さえて、フラットに考えよう、事実を無視して理想を繰り広げても妄想にしかならない、というのがクリッツァーさんの、そして本書を貫く基本的なスタンスである。 道徳を論じる主要な学問は倫理学。その倫理学では伝統的に、価値規範と事実を峻別する傾向が強かった(その例