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哲学に関するtencubeのブックマーク (5)

  • 読書メモ:脳はいかにして意識をつくるのか(ゲオルク・ノルトフ 著、高橋洋 訳) - 重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)

    脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る 作者: ゲオルク・ノルトフ,高橋洋 出版社/メーカー: 白揚社 発売日: 2016/11/05 メディア: 単行 この商品を含むブログ (1件) を見る 原題は“Neuro-Philosophy and the Healthy Mind: Learning form the Unwell Brain”。「意識」や「自己」や「アイデンティティ」の脳科学研究を手掛ける著者が、自身の研究のアプローチを一般向けに説明した一冊。原題の「神経哲学(neuro-philosophy)」という言葉に興味を引かれていたが、読むタイミングを逃していた。先日、東京で著者ノルトフ氏の講演があったので出かけていった。「面白かったけどよく分からなかった」というのが率直な感想だったため、会場で割引販売されていた書を買って読んでみることにした。 結論からいうと、

    読書メモ:脳はいかにして意識をつくるのか(ゲオルク・ノルトフ 著、高橋洋 訳) - 重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)
    tencube
    tencube 2017/06/26
    「モチベーションが共感できるし結果も面白いのだが、そこに至る道筋が読み取れない」
  • デイヴィッド・ベネター - Wikipedia

    デイヴィッド・ベネター(David Benatar、1966年12月8日 - )は、南アフリカ共和国の哲学者。ケープタウン大学哲学科教授[1]。 主張[編集] ベネターは、しばしば現代哲学におけるペシミズムの潮流に関連付けられる[要出典]。2006年に出版した『生まれてこないほうが良かった: 存在してしまうことの害悪』(Better Never to Have Been: The Harm of Coming into Existence)で反出生主義を擁護したことで特に知られる。同書においてベネターは、誕生しこの世に存在するようになることは、出生する者にとっては深刻な害悪であり、したがってこれ以上の出生は常に道徳的に誤っている、と主張した[2]。同書の影響として、『TRUE DETECTIVE』の監督であるニック・ピゾラットは、自身のテレビシリーズに影響をもたらしたと語っている[要出典]

    tencube
    tencube 2013/06/16
    ベネイターは地球上の理想の人口はゼロであるとしている。つまり人間は絶滅した方がよい、と主張している。
  • 「生まれない方が良い」の現代性、正当性

    子供を作るのは鬼畜の所業。それか馬鹿。http://anond.hatelabo.jp/20130613154103 はじめに言っておくと全面的に同意する。 ずっと自分も考えてきたことだった。 そのうえで、この「生まれない方がマシ」というこの主張は時代性というか、現代を体現しているように感じる。 なお、他の「生まれない方がマシ」言説として、学術レベルではこんなのがある。 http://www.amazon.co.jp/Better-Never-Have-Been-Existence/dp/0199549265 この人は比較的最近知ったのだが、2ちゃんねるでもスレが建てられるなど、徐々に認知度は上がってきているらしい。 あとシオランは有名だよね。 話を戻すと、はっきり言って,少しも異常な議論だとは思えない。 快を善とし苦を悪とする功利主義的前提を徹底すれば不可避的に行き着く結論だからである。

    「生まれない方が良い」の現代性、正当性
    tencube
    tencube 2013/06/16
    こういう益体もない虚無主義より、信仰をもつほうがよほど健全ではないかと思ってしまう。
  • なぜ何もないのではなく、何かがあるのか - Wikipedia

    「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか?」(なぜなにもないのではなく、なにかがあるのか、英: Why is there something rather than nothing?)[注釈 1]は、哲学の一分野である形而上学の領域で議論される有名な問題の一つ。神学や宗教哲学、また宇宙論の領域などでも議論される。なぜ「無」ではなく、「何かが存在する」のか、その理由、根拠を問う問題。別の形として、 「なぜ宇宙(または世界)があるのか?(Why is there a universe(world)?)」 「なぜ無ではないのか?(Why not nothing?)」 「なぜそもそも何かが存在するのか?(Why there is anything at all?)」 などと問われる場合もある[注釈 2]。 物事の根拠を「なぜ」と繰り返し問い続けることでやがて現れる問いであることから「究極のなぜの問

    なぜ何もないのではなく、何かがあるのか - Wikipedia
    tencube
    tencube 2011/09/03
    タイトルが長いくておもしろい。
  • Are You Living in a Simulation?

    Are you living in a computer simulation? by Nick Bostrom Faculty of Philosophy, Oxford University Published in Philosophical Quarterly (2003) Vol. 53, No. 211, pp. 243-255. [First version: May 2001] [simulation-argument.com] pdf-version: [PDF] Abstract This paper argues that at least one of the following propositions is true: (1) the human species is very likely to go extinct before reaching a “po

    tencube
    tencube 2010/10/23
    我々はコンピュータの中のシミュレーションなのか。
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