参考1は奈良・平安時代の制度です。 少しスクロール、国司の項目をご覧下さい。守は分国の長官、介は補佐・次官です。 時代を下ると朝廷自体が力を失い、有名無実のものとなってゆきました。 江戸幕府では、幕府が朝廷に奏請して職階を臣下に与えましたが、大名の任国と職階は一致するわけでもなく、 また大名でなくても守はもらえました。 信長は最後には正二位・右大臣になりましたが、上総介は私称の可能性があるようです。 律令制では国の格は横並びでなく、上総国は一番上級の大国で親王(皇位継承権をもつ皇子)任国でした。 実際には親王は赴任しませんので、親王任国の制度後では介(大介)が実質上の長官になるようです。参考3.上総国クリック。 http://www.sol.dti.ne.jp/~hiromi/kansei/r_kanshoku.html#Shibukan http://oshiete1.goo.ne.jp