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communicationとmoralに関するkenjiro_nのブックマーク (4)

  • 知人の子供がDSのゲーム違法ダウンロードソフトを自慢していたので「犯罪じゃん」と茶化す⇒相手の親にガチギレされる⇒言い返せずモヤモヤ

    病理医ヤンデル @Dr_yandel あるとき、知人たちが子供連れで集まった ひとりの子供が「うちの父さん、DSソフトタダで手に入れられる!」と自慢げに話した 他の子供達も「俺も改造のやつ持ってる~」と騒いだ それを見たぼくは内心複雑な気持ちで「おっ、違法ww」と茶化した するとその子の親に叱責された 2016-08-17 11:07:02 病理医ヤンデル @Dr_yandel 知人は「医者は何でもかんでも買えるかもしれねぇけどさ、俺たちは金ないから、DSのソフトなんか子供に買えねぇから!無料で手に入るなら普通にそうするだろ、正義きどってんじゃねぇよ!」と怒気混じりだった。周りの奴らも「まあ金があるやつが買えばいいよね」「市原は買えば?」という口調だった 2016-08-17 11:08:36 病理医ヤンデル @Dr_yandel これに対するいろいろな意見をネットで漁った 「商品を買わな

    知人の子供がDSのゲーム違法ダウンロードソフトを自慢していたので「犯罪じゃん」と茶化す⇒相手の親にガチギレされる⇒言い返せずモヤモヤ
    kenjiro_n
    kenjiro_n 2016/08/18
    茶化すのは悪手だとは思うが、まとめの末尾にもあるように正論で叱るのも不可だとされる傾向もある。この手の相手に対する銀の弾丸を欲しているのは俺だけではないようだ。
  • 「死ね」が口癖になっている人に、直接理由を聞いてみたらいろいろ分かった

    星井七億です。インターネットに触れているとさまざまな言説に触れることがありますが、過激な表現も多い中で最も強烈な響きを携えているのは「死ね」という言葉です。このフレーズの破壊力にはいつになっても慣れる気がしません。誰かの死がまったく必要のないケースでこそ多く目にするような気がします。 この人はなぜ、今このタイミングで使う必要のない「死ね」を使ってしまうのだろう……。無論、相当特殊なケースでもない限り「死ね」という言葉が必要不可欠なタイミングなどあるわけがありませんし、誰しも然るべきタイミングで最良の言葉を選んで使っているわけでもありませんが、それでも「死ねという言葉をそこで使わない」という選択肢に目を向けないというのは悲しいことです。 そんなことを言っておいてなんですが、「死ね」という言葉や文字の並びそのものだけに捕われていては質を見失ってしまうことがあります。「死ねなんて言って、当に

    「死ね」が口癖になっている人に、直接理由を聞いてみたらいろいろ分かった
    kenjiro_n
    kenjiro_n 2016/01/09
    長く生きてきた自分にとってはおさらいのような感がある。/とか書いてたら高木浩光さんが川谷絵音さんをゲスと略すという類例 id:entry:275895955 がまたまた出てきて頭痛が痛い。
  • バカなうそつきが世界を止める

    世界は割りとシンプルである。バカなうそつきというのは世界を無駄に複雑化させてしまう。交渉ごとというのはお互いがすべて当のことを話してしまえばとんとんと話が進む。その上で、自分の利益を大きくするには何を言って、何を言わないかの選択が大切だ。しかしバカな嘘つきは利益を大きくするために嘘をつく。あるものをないと言ったり、ないものをあると言ったり。囚人のジレンマのようにすんなりいけば利益を得られるが、大概はそうはいかず、相手が正直に対応していても必ず折り合えない部分が出てくる。自分も正直に話している場合は妥協できる部分はどこか、問題点はどこなのか、どうしたらいいのかがはっきり見えて対応できる。しかし嘘つきは自分が嘘をついているから、相手も嘘をついているだろうと考え、どうやったら相手の嘘をあばけるかを考えるのだ。相手はどんな嘘をついているのか、どう言えば相手は折れるか、そもそも前提でだまされていな

    kenjiro_n
    kenjiro_n 2015/04/03
    という文章を嘘の多いサイトとされているアノニマスダイアリーで発表するというのが悩ましい。
  • 他人を蔑称で呼ぶ人を信用しない。

    他人を蔑称で呼ぶ人を絶対に信用しない。僕がこの世界で生きている中で気をつけているのはその一点だけ。たとえばちきりんの事を"いんちきりん"と呼ぶ人は信用しない。誰かを蔑称で呼んでそれを面白がるような下劣な人間は信用しない。絶対に信用しないし、信用してはいけない。そういう事をする人達は、それを面白いと思ってるんだろうし、面白いと思う人も居るんだろう。けれども、僕はそんな人間にはなりたくないし、そんな人間ではないし、そんな人間にはならない。僕という1人の人間の人生は他者への畏怖と敬意とで出来ており、それはインターネットを生きて行く上でも同じ事。これまで一度も人様の事を馬鹿とかアホとかまぬけとかいんちきとか言った事は無いし、これからだってそう。ただの1度も言うつもりはない。他人を蔑称で呼んで馬鹿にしたり見下したりしてた方が面白いというなら、そういうブログを読んでればいいし、そういう人間になればいい

    kenjiro_n
    kenjiro_n 2011/11/30
    これとは直接関係ないけど岩崎夏海さんが自身を「ハックルベリー」と呼んではいても妙な略称のハックルさんと呼ぶのは使われた文脈があまりにもひどいので蔑称っぽいので止めたわたし。
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