シェイクスピアの戯曲『オセロ』の主人公は、ムーア人のヴェニス軍将軍。その主役の姿でここに描かれた19世紀のアフリカ系米国人俳優、アイラ・オルドリッジは、黒人では初めて英国でシェイクスピア劇の舞台に立った。(Photograph by Hi-Story, Alamy) 「ムーア人」という言葉をご存じだろうか。 聞き覚えはあるが、実際にはよくわからないとしても無理はない。シェイクスピア作品などの文学をはじめ、芸術、歴史書で目にするにもかかわらず、特定の民族を示す名ではないからだ。ムーア人とはむしろ、スペインをその時々に支配したイスラム教徒やアフリカ系の人々などを表す概念として、何百年もの間使われてきた言葉だ。 ラテン語の「マウルス」に由来するこの語は、もともと現在の北アフリカにあった古代ローマの属州、マウレタニアに住むベルベル人などを指す呼称だったが、次第にヨーロッパで暮らすイスラム教徒に対し