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ブックマーク / typogra.blog33.fc2.com (11)

  • 読書ノート・1

    『文字の骨組み』 発売されてから間もなくの頃にこのを買ったものの、当時は字体のに興味を持てなくて積ん読にしておいた。最近たまたま棚に目を移した時に気がついて読んでみた。 もっと早く読むべきだった。このの特徴は字体と書体どちらにも興味を向け、ページを割いていることである。大抵のは字体と書体、どちらか一方しか扱っていない。字体のを書くのは漢字が好きな人で、漢字好きは意外と書体に興味が向かないようだ。興味があるとしても書体ごとの字体の差異に視点が向かうらしい。 対照的に書体のを出す人は印刷に興味がある人やデザイナー・編集者などで、漢字にあまり興味を示さないのか字体の話を取り扱わないことが多い。 だから字体の変化と書体の変化の関係について述べているがあまり見あたらないのだが、このは両者の関係について丁寧に調べて書かれており大いに勉強になった。 『市川崑のタイポグラフィ』 「犬神

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    FeZn 2011/03/27
  • 庭園美術館へ行く

    「20世紀のポスター[タイポグラフィ]」展を見に庭園美術館へ行く。 見ていて個人的には楽しめた。ポスターに興味がある人、あるいは画面構成に関心がある人は楽しめるかもしれない。文字に興味が無い人にはけっこう厳しいかもしれない。 ポスターという商業美術をアートと言い出したのはそれほど古い話ではないだろう。20世紀前半は商業美術は美術界で評価されていなかったと思う。これまで調べた限りでは、日ではやっている当事者たちは芸術だと思っていたが、評価されていた訳ではなさそうだし、今でも評価されていないものもある。 巨匠として画集が販売されている有名な画家の中でポスターなどを書いていたのはミュシャやロートレックくらいしか思い浮かばない。商業美術となるとミュシャに絞られるか。 ビアズリーのイラストも同時代に評価されていたのだろうか。竹久夢二も美人画家だったが芸術家・美術家と評価されていたか。 ということで

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    FeZn 2011/03/27
  • 書道にはまる。

    文字の勉強のため書道をしている昨今。上手く書こうと思わなければストレス解消にもなり、書体の研究も忘れて書いている。 半紙で約1500枚書き終えたあと戦前の図案文字を見ると、書道の文字から創作されていると思われる文字が少なからずあることに気が付く。図案文字はデザインとしてみると個人的にあまり好みではないが、書としてみれば悪くない。当時の人にはなじみがある文字の西欧化と映ったかもしれない。 書家の日下部鳴鶴(天保9年8月18日(1838年) から大正11年(1922年))が書いた千字文を臨書している。鳴鶴は維新後、新政府が成立すると徴用され太政官に勤め、内閣大書記官となる。巌谷一六・中林梧竹と共に明治の三筆と呼ばれていたこともあり、書風の影響力は強かったことだろう。 古い出版物の明朝体の良さが理解できるようにもなった。昔書体を設計していた人は書道もしていたという。一般には、毛筆は明治以降に作業

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    FeZn 2010/03/14
    >"図案文字はデザインとしてみると個人的にあまり好みではないが、書としてみれば悪くない。当時の人にはなじみがある文字の西欧化と映ったかもしれない。"
  • 丸文字を考える⑤

    丸文字の発生源を探っていたところ、1982年から87年までNHKで放送された「YOU」という番組に行き当たった。 youtube http://www.youtube.com/watch?v=OKpGDp436Rs 司会は糸井重里で、荻野目慶子や笑福亭鶴瓶が出演者、曲は坂龍一が作曲している。「you」はNHKがまじめに若者の流行に乗ろうとして作っているので、字幕にも若者が好まない文字を使用するわけがないし、逆に若者に影響を与えていたことは十分あると思われる。 放送時間は土曜の夜10時30分-11時30分と、親が寝静まってから中高生が見られる時間帯である。 youtubeにある動画はオープニングしか無いのだが、その中でも平体の手書き丸ゴシックとでもいうべき字幕を使っている。NHKの別の番組で「you」の編を見たことがある。編にはもっと線が崩れた文字を使用している。時期的に見てもこれかな

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    FeZn 2009/10/26
  • アンチック体を考える①

    アンチック体は仮名のみの書体で、(引き続き)日語練習中に詳しいが、20世紀初頭前後に名称が定着してきた。それ以前から似た特徴を持つ太仮名というものがあったようである。 現在ではアンチック単体として子供向けのや辞書等の見出しに使用されている。また角ゴシック体の漢字と組み合わせるアンチゴチも一般的である。ひらがなを角ゴシック体で表記することを好まなかったのか、アンチゴチというスタイルは普通に使用されている。 アンチック体を子供向けの絵に使用することになった時期については、1930年の『街頭広告の新研究』では「電話番號用其他に、未だその使途は狹い」と解説がある。現在では辞書の見出しにも使用されているが、1930年代の辞書の見出しには毛筆風の標準的な太さの文字が使われているのを見る。1942年の『宣伝美術教程』では「一名太假名と稱し、よく子供の繪などで使用される筆で書いたやうな肉太の字體」

  • 『中学校用図画教科書本図』

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    FeZn 2009/02/03
  • 島田佳矣他『編物模様図案』 国光社 1904年

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    FeZn 2009/02/03
  • 『謄写印刷初等教本』の肩付ゴシック

    浅野一郎『謄写印刷初等教』 製版篇 昭和謄写堂出版部 1949 肩付ゴシック(p65) 明朝活字に酷似した風格を持ち、孔版文字中最も謹厳な書体で、従つて官庁などの公文書、儀礼用の挨拶文、通知葉書、名刺等の印刷物に使われていたという。 謄写印刷の出版物をいくつか読んだ中に肩付ゴシックはあまり見られず、使用は少なかったと思われる。漢字全体を書いた図は残念ながら掲載されていない。

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    FeZn 2009/02/03
  • 『看板ポスター広告用現代的な面白い文字の手本』

    『看板ポスター広告用現代的な面白い文字の手』 東京職業研究会編輯部編 東京職業研究会 1926 大正15年の図案文字集。「女性」や「婦人クラブ」など、既に創作されている文字を収録しているものを収録している。この図案文字集で新しく創作された文字はあるのだろうか。

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    FeZn 2009/02/03
  • 『ゴシック書体及各種図案文字の書き方と刷り方』

    『ゴシック書体及各種図案文字の書き方と刷り方』 : 堀井方円鈩応用 堀井謄写堂店 1932 図1 装飾的な文字 図2 線末がぜんまいのようになった文字 謄写印刷(別名ガリ版)では楷書・ゴシック体・宋朝体などを鉄筆を用いて手書きしていた。ゴシック体は下手な文字をカモフラージュ出来たため多用され、当時近代的なイメージがある出版物に使用された。 初期のゴシック体は文字の角が丸みを帯びていた。それは装飾的と考えられていた丸ゴシック体を書こうとしたわけではなく、直線の部分を短くし曲線を多くして線の歪みをカモフラージしようとすると必然的に丸ゴシック体のような形状になった。(p14) 関東大震災の後、映画に使用されていたキネマ文字に影響を受けて図1のように変化した。(p15) ゴシック体は爐の溝を使ったり、パイロット定規を使って直線を引いた。定規を用いたものはパイロット文字とも呼ばれていた。 下の図は

  • 書体研究blog

    このブログは人が来ない。アクセス分析を見ても、ヘタウマや丸文字で検索して他にブログが無かったからこちらに来たと人が多いことがわかる。 自分もあまり良い記事を書かないことや、知っていても情報を出し惜しみしたり、あるいは記事を書いている途中で面倒になって投稿してしまうことがあり、その点は不甲斐なさを感じている。 しかしそのおかげというか、他の人たちのブログやツイッターなどとは異なり、極端な批判や中傷を受けることがないことは改めてありがたいことだと思う。コメントとトラックバックを付けられない設定にしていることも一因ではあるが、影響力が無いことで好きに書くことができるという皮肉な結果は以外と受け入れやすかった。 かつて自分も別のブログを開設していたときコメント欄にネガティブなコメントが書き込まれていたり、あるいは行きがかりの人と口論になったこともあり、結局そのブログは閉鎖した。今ネット上で人気のあ

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