滋賀県立大(彦根市)を卒業した女性と父親が「西暦表記の卒業証書はキリスト教の暦を強制するもので、信教の自由を保障した憲法に違反する」として、大学などを相手取り、元号で再交付するよう求める訴訟を19日、東京地裁に起こした。 訴状によると親子は仏教と神道を信仰。3月に卒業した際、発行日と生年月日を西暦で書いた卒業証書を渡され、父親が元号表記で再交付するよう大学に頼んだが、断られた。 滋賀県立大は「訴状が届いておらずコメントできない」としている。
アパ懸賞論文のトンデモは、田母神俊雄論文だけではなかった。 著者の諸橋茂一は、「(株)KBM」の社長とのことだが、村山富市と河野洋平を提訴した人物らしい。1996年の衆院選にも立候補(もちろん落選)している。 http://www.kbmgroup.co.jp/kyouiku/pdf/siryou-200711.pdf 田母神論文同様、章節立てがされていないことや、数字の全角と半角の混在、特に12ページに「戦後63年」という、同じ数字の中に全角と半角が混在している例まであって、文字間隔だけは田母神論文より詰まっていてマシなだけで、あとは田母神論文とそっくりの(同一人物がタイピングしたのではないかと思うほどだ)、即興で書いたとしか思えない粗雑な「論文もどき」になっている。 しかし、それよりも何よりもぶっ飛ぶのが、論文の冒頭に「アインシュタインの予言」を持ってきていることだ。 かつて、「きまぐ
標記の件、田中龍作は相変わらず沈黙を決め込んでいる。これ以上田中が発する「比例代表制は小政党に不利な制度」などという大嘘を信じる者が増えてはたまらないので、「緑の党」の三宅洋平を当選させるための三宅洋平が当選できた選挙制度について簡単な試算をしてみた。 まず、選挙制度が比例代表制であることを最低限の前提とした。小選挙区制や中選挙区制で三宅洋平が当選することなどあり得ないからだ。 以下は大ざっぱな試算なので、誤りがあればご指摘いただければ幸い。なお、比例代表制の議席計算にあたっては、Wikipediaを参照した。 まず、今回の参院選比例区の計算法がドント式でなくてサン=ラグ式または修正サン=ラグ式であった場合、いずれも自民党が1議席を減らして生活の党の山岡賢次(笑)が当選していた。しかし緑の党の議席は相変わらず0である。参院選の比例区獲得議席は、自民17、公明7、民主7、維新の怪6、共産5、
8月30日(木) 何故、90年代の大変化を真正面から説明しないのか?-水口憲人・北原鉄也・久米郁男編著『変化をどう説明するか:政治編』についての若干のコメント(3) [論攷] 〔本稿は、2000年4月に私のホームページで連載したものです。前回の久米郁男『日本型労使関係の成功』についての批判的論評の続編という意味もありますので、3回に分けて再掲させていただきます。ご笑覧いただければ幸いです。〕 4 久米論文「雇用政策の展開と変容」について 何故、90年代の「雇用政策の転回」を分析しないのか さて、いよいよお待ちかねの久米さんの論稿「雇用政策の展開と変容―アイデア、利益、制度」を取り上げましょう。この久米さんの論稿は、さきに私が取り上げた著書『日本型労使関係の成功』ほどには問題は多くないようです。しかし、それは「前著に比べれば」ということであって、問題がないわけではありません。首を傾げざるを得
これまでご愛顧いただきました「五十嵐仁の転成仁語」を、こちらに引っ越しました。今後とも、よろしくお願いいたします。 〔以下の論攷は、政治経済研究所『政経研究』第73号(1999年11月)に掲載されたものです。〕 はじめに 私はホームページ(1)で、10回にわたって、久米さんの著書『日本型労使関係の成功(2)』に対する批判的論評を行いました(3)。しかし、インターネットでは読者が限られており、活字でも読めるようにして欲しいという要望もありましたので、本稿を書かせていただくことにしました。この論攷では、ホームページに連載された論評の概略を紹介するとともに、その後『書斎の窓』に発表された久米さんの論攷「戦後日本『労働政治』の謎(4)」についても一定の論評を加えたいと思います。 内容に入る前に、久米さんとその著書について紹介させていただきます。久米さんは、神戸大学法学部教授で行政学と「労働政治」の
これまでご愛顧いただきました「五十嵐仁の転成仁語」を、こちらに引っ越しました。今後とも、よろしくお願いいたします。 先日、川出良枝・谷口将紀編『政治学』(東京大学出版会)という本を送っていただきました。「謹呈 著者一同」とあります。 執筆者の中には、飯尾潤政策研究大学院大学教授、上神貴住高知大学准教授など、旧知の方もおられます。ありがとうございました。 この本をペラペラとめくっていたら、「参考文献」の第7章のところに、久米郁男さんの『日本型労使関係の成功』(有斐閣、1998年)という本が出ていました。まだ、このような「トンデモ本」が「参考」になると見られているのか、と驚いてしまいました。 というのは、久米郁男早稲田大学教授は私の「論敵」の一人で、その主張の誤りについては、これまで何度も指摘してきたからです。 しかし、このような政治学のテキストに、「参考文献」の一冊として掲げられているわけで
大阪市の橋下徹市長の文楽批判が止まらない。27日には「人形劇なのに(人形遣いの)顔が見えるのは腑に落ちない」、前日には人気作「曾根崎心中」を批判するなど、わずか観劇2回で、文楽の様式や作品内容にまで発言がエスカレート。文楽には、人形遣い個人の魅力を楽しむため江戸時代から顔をみせるようになった歴史がある。観客動員の努力不足などを指摘する橋下市長の発言に一定の理解を示す文楽関係者らも「勉強不足では」と不信感を募らせている。(亀岡典子) 橋下市長が国立文楽劇場(大阪市)で文楽を鑑賞したのは26日夜。その後、竹本源大夫さん(80)ら人間国宝の楽屋を表敬訪問した後の記者会見で、「『曾根崎心中』の脚本は昭和30年に作られたそうだが、ラストシーンがあっさりしすぎ。ファン獲得のために演出を考え直すべきだ」と批判。記者の「文楽のほとんどが江戸時代に作られた。それでも見直しが必要ですか」との質問に、橋下市長は
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く