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bookとliteracyに関するkenjiro_nのブックマーク (4)

  • 書評「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」 どうやって見分けるかを指南(小林恭子) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    書店に行くと、フェイクニュースについてのが目につくようになった。 かつては「フェイクニュース」を「偽ニュース」などと訳していたこともあったが、もはや、このカタカナ言葉だけで意味が通じる。 デマ情報が世間を駆け巡る現象は昔からあったが、私たちが今問題視しているのは、デジタル空間で飛び交うフェイクニュースのことだ。 かつて、「私たちの誰もが情報発信者になれる!」と言いながら、嬉々としてインターネットがもたらす明るい未来について語っていたことを覚えているだろうか。 しかし、誰もが情報を簡単にネット上で発信できるとき、流れ出て行く情報の質は玉石混淆だ。信ぴょう性もバラバラだ。ファクト(事実)もフェイク(偽)もある。何がファクトで、何がフェイクなのかを判断する物差しは一つではない。 さて、どうするのか。 まずは現状認識から始め、フェイクニュースに惑わされないようにしたい。 そんな思いを持つ人に役立

    書評「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」 どうやって見分けるかを指南(小林恭子) - エキスパート - Yahoo!ニュース
  • 情報革命をけん引する「智民」への道は険しい、前段階の「知民」、そして残念な存在としての「痴民」

    少し前、経済産業省と当社で進めているプロジェクトの一環で、公文俊平先生(多摩大学情報社会学研究所所長)を訪ねた。 言わずと知れた社会システム論の大家であり、日における情報社会論の第一人者でもある。ネット社会の在り方について、黎明期のさらに前から言及を重ね、現在も精力的に活動を続けている。 情報社会論に関する公文先生の論考は、近著「情報社会のいま あたらしい智民たちへ」を一読いただきたい。ここで触れておきたいのは、公文先生が提示するネット社会のビジョンが、一貫して前向きで楽観的(オプティミスティック)だということ。 私自身、慶應大学湘南藤沢キャンパス(通称SFC)で90年代前半にインターネットの「洗礼」を受けており、基スタンスは楽観主義者だ。しかし公文先生のビジョンは、その私をはるかに凌ぐ、一点の曇りもない、澄んだ青空のようだった。 ところが今回、公文先生からうかがったのは、先の著書で触

    情報革命をけん引する「智民」への道は険しい、前段階の「知民」、そして残念な存在としての「痴民」
  • 活字離れって一体何がトリガーになってるのかをふと考えてみた:THE SHOW MUST GO ON:オルタナティブ・ブログ

    いわゆる活字離れ。これがある意味現在の新聞や雑誌の凋落、あるいはWebメディアの興隆みたいなところの理由の一つといわれているのですが、なんだかふと腑に落ちないところに気が付きました。そもそもWebであっても新聞であっても雑誌であっても、多くの情報は文字を使って伝わるわけです。絵や図版、そして写真だけでは無理。 でも、なんだかちょっと深刻な話が実は裏側に横たわっているような気が・・・ なんだか、全ての根の問題のような気がします。これ。モノゴトの裏側を新聞記事の限られた紙面の中で全部解説するのは無理で、ある程度の前提知識レベルを想定して書いてあったりするものがあったりします。時事問題だったり、あるいは経済問題であったり。そして政治や社会問題などについても。 もちろん有る一定の解説が付くのはアルと思いますが、それこそWikipediaなどへのリンクが付くわけでも無い事から、前提知識が無いと理解

    活字離れって一体何がトリガーになってるのかをふと考えてみた:THE SHOW MUST GO ON:オルタナティブ・ブログ
    kenjiro_n
    kenjiro_n 2009/12/11
    「そもそも自分の外の世界に関心が無い?」とおもう。
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