北九州市民の台所・旦過市場(小倉北区)の店主らでつくる「旦過市場商店街」は4日、火災前から市場の風景や店主らの撮影を続けている、カメラ愛好家の西村忠さん(64)=同区=に感謝状を贈った。西村さんは「これからも旦過市場で撮り続けたい」と意気込みを語った。【井土映美】 西村さんは旦過市場で店を営む人たちや街並みの記録を残そうと、学習塾経営の傍ら2021年9月に撮影を始めた。市場は翌22年4月と8月に大規模火災に見舞われたが、その後も連日市場へ通い、2万5000枚ほどを撮りためてきた。
利用者2000万人超えの「家族アルバム みてね」 175カ国で人気を集めているワケ:海外での成長率が高い(1/4 ページ) MIXIが提供する家族向けの写真&動画共有アプリ「家族アルバム みてね」(以下、みてね)が、子育て世代を中心に人気を集めている。2015年にリリースし、2017年には英語版(アプリ名は「FamilyAlbum」)の提供を開始。2024年現在は7言語、世界175カ国で展開している。 利用者数は、2023年11月時点で2000万人を突破。内訳は国内が6~7割、海外が3~4割だが、近年の新規登録者数は、国内よりも海外のほうが多いという。 国内だけでも年間出生数における利用率が55%と、約2人に1人の保護者が利用するほどの人気アプリだが、なぜ国内だけでなく、海外でも多くのユーザーに支持されているのだろうか。同社取締役ファウンダー上級執行役員で「みてね」プロデューサーの笠原健治
今年の世界報道写真大賞(プレス・フォト・オブ・ザ・イヤー)は、パレスチナ自治区ガザで5歳の姪の遺体を抱きかかえる女性を撮影したロイターの写真記者モハメド・サレム氏に贈られた。受賞した写真。(2024年 ロイター/Mohammed Salem) [アムステルダム 18日 ロイター] - 今年の世界報道写真大賞(プレス・フォト・オブ・ザ・イヤー)は、パレスチナ自治区ガザで5歳の姪の遺体を抱きかかえる女性を撮影したロイターの写真記者モハメド・サレム氏に贈られた。 写真は2023年10月17日、ガザ南部ハンユニスのナセル病院で撮影。病院の遺体安置所で床にしゃがみこんだ女性が埋葬布にくるまれた子どもの遺体を抱きしめ号泣している。「配慮と敬意をもった構成」が評価された。
日本を代表する写真家・森山大道の回顧展が、英国で初めて開かれている。このタイミングは「ちょっと遅いですね」と冗談を言う森山に、英紙「ガーディアン」が取材した。 森山大道を知ろうとするのは容易なことではない。85歳になるこの日本の写真家は、東京にある自宅から私の質問に通訳を介して答えるが、個人的な質問は即座にいなす。「写真家は写真を撮ることしかできません」と肩をすくめる。 だが森山がこれまでしてきたのは、写真を撮ることだけではない。路上写真家として最もよく知られてはいるが、森山はその形式を極限まで高め、写真とは何か、どう体験されるのか、その倫理や影響とは何かを問うてきたのだ。 この50年で最も象徴的で影響力のある写真を何枚も撮った人物でもある。網タイツのクローズアップから野良犬のポートレイトまで、そうした写真は日本の戦後期の詩的で、シンボリックな表現とされている。 英ロンドンの「フォトグラフ
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世界の写真家が国別で写真の腕前を競う「ワールド・フォトグラフィック・カップ(WPC)」の日本代表作品の一つに、小倉北区の写真家坂本潤一さん(69)の作品が選ばれた。昨年、経営する写真館を閉じ写真家としても引退した坂本さんだったが、今夏開いた写真展をきっかけに写真への思いが再燃、見事「日本代表」の座を獲得した。 WPCは、言語や文化などの垣根を越えて写真家同士の連携を深めようと2013年に始まった。「ポートレート」「コマーシャル」など6部門あり、各国とも各部門3点、最大18点まで代表作を出品できる。来年のローマ大会には41カ国が参加する。 日本国内予選は今秋開かれ、坂本さんはポートレート部門に、ホルン奏者を撮影したモノクロ作品「音楽家」を出品していた。「口元が引き締まりつつ、表情は硬くない。仕事に対する誇りや強い意志を感じさせる一枚」と自信をのぞかせる坂本さん。代表作の画像データは本大会に送
小型の4X5から8X10、11X14と大きなカメラを日常使いしています。 東京8X10組合連合会の会頭をやっています。 フィルム現像もプリントも2017年から共同暗室207を設立、廃液処理も専門業者に依頼しています。べセラーの8X10引き伸ばし機とZONE 酛が、他にラッキーの4X5とフォコマートがあります。 April 2024 (14) March 2024 (31) February 2024 (29) January 2024 (33) December 2023 (31) November 2023 (30) October 2023 (31) September 2023 (30) August 2023 (32) July 2023 (32) June 2023 (31) May 2023 (31) April 2023 (30) March 2023 (31) Februa
「いま」を表現した未発表の作品を募集します。浅田政志、大西みつぐ、清水哲朗、若子jetの写真家4氏らが審査します。写真は2022年の一般の部・金賞「ランウェイ」(渡辺進さん撮影)。 ◇応募料や応募可能な点数など詳細については、全日本写真連盟のHPをご覧下さい。7月5日[水]必着。結果は朝日新聞などで発表予定。宛先は、〒104・8011朝日新聞東京本社内、全日本写真連盟「全日本写真展」係(03・5540・7413=平日)。同連盟HP(https://www.photo-asahi.com/)(全日本写真連盟、朝日新聞社主催) ","naka5":"<!-- BFF501 PC記事下(中⑤企画)パーツ=1541 -->","naka6":"<!-- BFF486 PC記事下(中⑥デジ編)パーツ=8826 --><!-- /news/esi/ichikiji/c6/default.htm -->
戦後を代表する写真家として大きな業績を残し、昨年6月に93歳で亡くなった田沼武能さん。その70年を超えるキャリアを振り返る大規模な写真展「人間讃歌(さんか)」が6月から東京都写真美術館で開催される。あわせて田沼さんを追悼する会も開かれる。写真展の見どころを紹介するとともに、改めて田沼さんが写真界に残したものを振り返る。 ■子どもや武蔵野の風景、温かなまなざし 田沼さんは1929年、東京・浅草の写真館に生まれ、写真専門学校を卒業後、ニュース写真を配信する出版社に入社した。そこで戦前、戦後の日本を代表する写真家、木村伊兵衛と出会い弟子となる。 戦後の出版メディアの勃興に乗って、人物、ドキュメント、スポーツなどあらゆるジャンルの撮影を請け負う売れっ子写真家として名をあげていく。 66年、パリ・ブーローニュの森で子どもの写真を撮ったことをきっかけに、子どもの写真をライフワークとすることを決意。黒柳
写真展「不屈の政治家 安倍晋三写真展~産経新聞カメラマンがとらえた勇姿~」(月刊「正論」主催)が始まり、多くの人が駆け付けた=9日、山口県下関市 街頭演説中に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の軌跡をたどる写真展「不屈の政治家 安倍晋三写真展~産経新聞カメラマンがとらえた勇姿~」(月刊「正論」主催)が9日、安倍氏の地元である山口県下関市のシーモールホールで始まった。12日まで。 産経新聞のカメラマンがとらえた約150点の報道写真や映像のほか、下関会場では妻の安倍昭恵さんが撮影した秘蔵写真も初公開された。初日の来場者は約500人だった。写真展は昨年11月に東京でも開催され、8千人が訪れた。 政権運営に臨む安倍氏の引き締まった表情や、その人柄がにじみ出た柔和な表情などえりすぐりの写真を展示する。期間中は安倍氏の写真集や訓示集、安倍氏の連載コラムやインタビューをまとめた夕刊フジ特別版「安倍晋三元首相 連
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2023年02月02日22:30 【悲報】東日本大震災で最も絶望的だった画像、満場一致でこれに決まる… Tweet 1: それでも動く名無し 2023/02/02(木) 21:09:02.76 ID:uQ0wrl9kd0202【闇深】2ch5chの怖い話で一番好きな話 これもう映画やアニメのワンシーンやろ… 3: それでも動く名無し 2023/02/02(木) 21:09:52.60 ID:beN73AgZ00202 燃えてる家が津波で流れてるとこやろ 124: それでも動く名無し 2023/02/02(木) 21:24:03.76 ID:1ZW7I8Y100202 >>3 これ 6: それでも動く名無し 2023/02/02(木) 21:10:15.27 ID:PViaKxTF00202 7: それでも動く名無し 2023/02/02(木) 21:10:18.21 ID:mz0bnV4p
カナダの著名な写真家グレッグ・ジラード氏は1976年4月に東京に降り立った。東京にはほんの数日だけ滞在するつもりだった。当時、20代前半の「貧乏旅行者」だったジラード氏は、滞在コストの安い東南アジアの目的地に向かっていた。 ジラード氏は羽田空港で荷物を預け、泊まる場所もなく、東京での初日はカメラを片手に活気のある新宿の街を歩き回った。 「当時、西側諸国でこの近代都市(東京)をテレビなどで目にする機会は皆無だったため、見るもの全てに驚いた」 ジラード氏はビデオインタビューでそう振り返った。 西欧諸国の一般の人々がアジアの主要都市を知るきっかけとなったのはSF映画「ブレードランナー」や90年代のポップカルチャーだったが、ジラード氏が東京を訪れたのはそれよりもはるか前だったという。 「結局、東京に到着したまさにその日に、ここに滞在しようと決めた」(ジラード氏) ジラード氏の気まぐれで始まった東京
木寺 一路 | Kazumichi Kidera 写真家 【展示】 古民家 橋口屋 街道の駅 赤馬館 「神の存在を自然の中に感じ、畏れと共にその美しさに心を打たれる。 そのような自分の美意識のルーツはどこなのか、日本という国の成り立 ちから探る旅を続けている」 1968 佐賀県有田町生まれ 1993 写真を始める 現在フォトスタジオFU.代表
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