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原発と災害に関するytnのブックマーク (2)

  • 妹は東電の賠償金で家を建てて、相馬市役所は新庁舎の建設工事中 - サイバーメガネのサザンクロスシティ

    2015-03-11 妹は東電の賠償金で家を建てて、相馬市役所は新庁舎の建設工事中 私の実家は相馬市だけど、下の妹夫婦は義弟が第一原発に勤めていた。東電の子会社で第一原発の施設管理を行う警備会社に勤めていた。その関係で大熊町の第一原発のすぐそばに住んでいた。 4年前の3月11日、第一原発が施設警備どころの話ではなくなったので、妹夫婦と1歳の姪の3人は大熊町から避難することになった。 相馬の実家や妹への電話は全く繋がらず、東京の私は不安だったけれど、ネットしかやることがなかったので、Twitterで「原子力空母ロナルド・レーガンがキタ━(・∀・)━!!!!」とかつぶやいていた。 相馬の実家と1回だけ電話がつながって「実家は無事。妹一家は福島県田村市に避難している。義父は消防団なのでまだ大熊町に残っている」という情報を聞いた。その後、テレビをみていたら避難区域が拡大されて田村市も避難区域になっ

    妹は東電の賠償金で家を建てて、相馬市役所は新庁舎の建設工事中 - サイバーメガネのサザンクロスシティ
  • 多くの英雄を生んだ東日本大震災の裏を見た内科医 英雄以外の人に閉ざした口を開いてもらうことこそが実は進化を促す | JBpress (ジェイビープレス)

    震災の当時、逆境の中で身を挺して患者を守る、様々な英雄が出現しました。しかし一方で、家族の心配や情報の不足など、様々な理由から「英雄にならなかった人々」も大勢います。そのような人々にとっての被災地とはどのようなものだったのでしょうか。 放射線は「見えない恐怖」だったのか 東京下町→ロンドンと移動してきた私にとって、相馬に入って一番嬉しいことは空気が美味しいこと、星が見えることです。オリオン座が見えるのがやっと、というロンドンに比べて、こちらでは住宅地でもほぼ毎日オリオン大星雲とプレアデス星団(すばる)がはっきり見えます。暗くなってから帰宅する楽しみでもあります。 「震災直後はもっと綺麗でしたよ」 と、当時から勤務されているスタッフに聞きました。 「夜が真っ暗でしたから。外に出て『きれいだなぁ』と思ったのを覚えています」 綺麗な空と美味しい空気。その中で放射線汚染、という無味無臭の被災がいっ

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