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鉄道と建築に関するrteeeeeeのブックマーク (3)

  • 余部鉄橋「空の駅」~余部鉄橋の再出発!~

    1.余部鉄橋の歴史と「空の駅」 旧余部鉄橋は、明治45年1月に完成した東洋随一の鋼トレッスル橋で、我が国有数の橋梁として、当地域だけでなく、多方面から多くの人々が訪れる観光名所として親しまれてきました。しかし、昭和61年12月の列車転落事故を契機に、架け替えに向けた取り組みがなされ、平成22年8月に現在の余部橋梁が完成しました。 約100年間山陰線の運行を支えてきた旧余部鉄橋の歴史を後世に継承するとともに、人々の交流を促す観光拠点とするため、鉄橋の一部(餘部駅側の3橋脚3スパン)を展望施設として残し、旧鉄橋直下に自由広場等からなる公園施設とあわせ、平成25年5月に展望施設「空の駅」が完成しました。 また、展望施設へ行くには急勾配の上り坂(高低差約40m、延長約300m)を歩行する必要があったため、平成29年11月にエレベーター(愛称:余部クリスタルタワー)を整備しました。

    余部鉄橋「空の駅」~余部鉄橋の再出発!~
  • 京王線からチラリと見える「謎の地下空間」 旧初台駅を知っていますか?

    都内を走る私鉄・京王線。始発駅の新宿を出発した電車が、地下のトンネルを3分ほど走ると、進行方向右側の窓の外にホームのようなものがうっすらと見えます。その間、わずか3秒ほど。

    京王線からチラリと見える「謎の地下空間」 旧初台駅を知っていますか?
  • 新日野駅の誕生 - ひのっ子日野宿発見

    日野宿発見隊 ひのっ子日野宿発見 日野宿発見隊事務局 東京都日野市日野町 7-5-14 日野市立日野図書館 Tel: 042-584-0467 中央線は平行して走る京王電気鉄道と競うようにして電化が進められ、昭和5年(1930)に浅川駅(現・高尾駅)まで全て電化されました。続いて昭和10年からは、立川以西を複線化する工事が始まりました。これにともない、急坂を登る台地の上にあった日野駅は現在の位置に移転し、豊田駅(明治34年開業)とともに新築されることになりました。 昭和12年(1937)6月1日、中央線が電化複線化された時、新日野駅が誕生しました。 昭和7年には駅の下を通る新甲州街道が完成しており、駅はこの道に面して作られ、築堤の上にある「島式」の乗降場(ホーム)へは階段で上り下りするようになりました。新しい駅はまちの新しい中心となりました。 設計者は旧交通博物館(万世橋駅)などを設計し

    新日野駅の誕生 - ひのっ子日野宿発見
    rteeeeee
    rteeeeee 2017/05/09
    「日野、豊田付近は充分に近代都会的文化の影響を受けている所とはいえ、尚昔ながらの関東平野からの自然発生的風景習俗を保っている」「建てられるべき最もふさわしい家はやはり関東民家の雅味を持ったもの」
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